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宮城三拾三番札所

The 33 Kannons of Miyagi.


[前] はじめに

History // 歴史的なこと

仙台市中野にある誓渡寺 [URL]山内入口に「宮城三十三番札所観世音菩薩之塔」(1793(寛政5)年)が あり(右写真)、そこにご詠歌の一覧が書き込まれているようです(吉岡1992,p.81)[*1]。 「書き込まれているようです」‥真中に「観世音」なんたら‥と書かれているのは ハッキリと確認できますけど、その周囲に書かれている各札所の名称とご詠歌らしきもの については かなり摩耗が進んでおり、ブラッと行ってチョロっと読むのは しんどいかもしれません。(というか私は一目で「あ、これは無理」と解読を 放棄しました。) 吉岡1992で紹介されている札所の内容は この石碑の記述に 基づいているようなのですが、しかし「宮城県史」には(三十三のご詠歌を紹介した後で) 以下のようにあります:

 右は観世音菩薩を奉祀する三十三ヶ所の寺堂で、観音霊場の 霊験を感ずる人々が順礼したところである。但し右塔には三十 三所堂の建つているところが記されてないので、筆者が各地を 訪問し採ねた結果、幸いに第一番札所堂の地主の守氏の許で、明 治期に書留めてあつた控書を提供して頂いた。仍つて、その場 所を左に紹介し参考に資することとする。(『宮城県史17 金石志』(1956), pp.170--171.)

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そして「旧跡宮城三十三番札所 // 第一番 名取郡中田村前田小清水 長谷堂 // 第二番 ‥(後略)」と 続いています。つまり、私が「これは無理」と投げ出した石碑には、 ご詠歌は書いてあるけど、具体的な札所名は書かれていないということなんでしょうか。

 ‥ということは、吉岡1992や、それと内容がきわめて近い 「いい寺.jp」[URL]「宮城三十三観音」[URL]もまた情報源は宮城県史と同じ「第一番札所堂の地主の守氏」が持っていた、 「明治期に書留めてあつた控書」なんでしょうか。明治期かー。ということは、実は 江戸時代の札所と、ちょっと違っていたとしてもおかしくない、ということですよね。なるほど。

*註1
木村1999. p.158 には 「山門脇には‥(略)‥宮城三十三番札所観世音菩薩之塔が三基も造立されている。 一つの寺院に三基もあるのは珍しく、この地方の観音信仰が特に篤かったのでは ないかと思う」とあります。‥がーん。一基だけ見つけて「おお、これだ!」と思って 他のをチェックしてませんでした。けどまあ、いずれにせよ石碑は摩耗が進んでおり 解読が困難なのは確かですので、私としましては先人の解読結果に依存しまくる所存
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