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梵文法華経::[22] 薬王菩薩の昔


 

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はじめに

法華経(梵文)第22章(『妙法蓮華経』では第23品「藥王菩薩本事品」に対応)(テキストは荻原土田本)の 大雑把訳です。『妙法蓮華経』などの漢訳文献は[SAT][このへん]から見ることができます。 なお妙法蓮華経の23章は[これ]です[妙法蓮華経 しおり]

サンスクリット語やそのチベット語訳のテキストは、とりあえず [ 梵文法華経22薬王菩薩の昔 [資料編] Experimental ]をどうぞ。 サンスクリット(荻原土田本)とチベット訳の内容はほとんど一致しますが、それらと 漢訳、とくに『妙法蓮華経』とは細部が微妙に違ってます。 これは写本の系統の異なりに起因するもので、どっちが正しくてどっちが間違ってるとかいう レベルの話ではないと考えられています。

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大雑把訳

宿王華菩薩は世尊にこう申し上げます。

世尊。薬王菩薩は、なぜこの娑婆世界を遍歴するのでしょうか。 彼には、難儀な仕事がムチャクチャ多いですのに。 世尊。どうかお話ください。薬王菩薩が何をしたのかを。 それを聞けば、神々や龍やヤクシャ‥(略)‥ マホーラガ、また人や人でないもの、他の世界からやって来ている 菩薩・仏弟子たちは皆、歓ぶでしょう。
宿王華菩薩の願いを知った世尊は、宿王華菩薩にこう仰せです ---

むかしむかし、とにかくムチャクチャ大昔。 日月浄明徳如来という、知行完備ですばらしき仏様がおられた頃のこと。 宿王華。日月浄明徳如来の周囲には、非常に大勢の菩薩たち、また仏弟子 たちが集まっていた。そこには女なんてものはおらず、 地獄畜生アスラとなったものどももいなかった。 その仏土は掌のように心地よく、大地は神々しき瑠璃でできており、 ‥(略)‥高閣の頂上では とても多くの神々の子どもたちが 音楽を奏でて 日月浄明徳如来への供養を行っていた。 そこで日月浄明徳如来は、仏弟子、菩薩たちに、また 一切衆生喜見菩薩のために法華の教えを詳しく説いておられたのだ。

 宿王華。 それはそうと、日月浄明徳如来や、その菩薩・弟子たちの寿命は 42000劫であったのだが。その一切衆生喜見菩薩は、 日月浄明徳如来の下で困難な修行に専念していた。 かれは12000年のあいだ籠って、ものすごい精進努力でヨーガに専念した。 その結果、かれは現一切色身という名前の境地に達したのだ。 一切衆生喜見菩薩はそれが嬉しくて、こう思ったのだ。

「法華経を学んで、この私は現一切色身の境地に達した! かくなる上は、 日月浄明徳如来と、法華経に供養をせねば」
そして一切衆生喜見菩薩はその旨の、つまり供養のための境地にすぐに入った。 すると上空からマーダーラヴァなど花々が雨のように 一切衆生喜見菩薩に降り注がれたのだ。また、貴重なお香の雲が起こり、 雨となって降り注いだ。そのお香の価値といえば、ほんの僅かでこの娑婆世界全体と 同等の価値をもつほどのものなのだが、それはともかく。 宿王華。この一切衆生喜見菩薩だが、そのとき ある決心をして立ち上がったのだ。
「超自然力を使った、こんな感じの供養をしたところで。 それは自分自身を供物として捧げるには及ばない」と。
宿王華。そして一切衆生喜見菩薩は沈香などの樹脂を食べ、チャンパカ油を 飲みだしたのだ。

 宿王華。 一切衆生喜見菩薩がこうして香を食べ油を飲み続けて12年経過したとき。 一切衆生喜見菩薩は自分の身体を神々しき衣で包み、また香油に浸った。 そして決意した彼は、自分の身体に火を燈したのだ。如来への供養、 法華経に対する供養のために。 宿王華。一切衆生喜見菩薩が燃え上がる炎は、80のガンジス河にある砂の数と同じほど 存在する世界を照らしたのだ。それら世界のそれぞれにおられる仏たちは皆、 彼を褒めたたえた。

「いいぞいいぞ。これこそ菩薩の、如来への教えへの正しき供養なり。 花、香、衣、傘、旗‥などの品物の供養はこれに及ばず。 王位の供養も、息子あるいは妻の供養も同様。自分の身体を捨てて供養することこそ、 最高最上最善の供養なり」と。
そして仏たちは沈黙されたのだ。 宿王華。 一切衆生喜見菩薩が自分を燃やして1200年経過したが、それでも火は尽きなかった。 鎮火まで、さらに1200年かかったのであった。

 宿王華。 こうして供養を完遂した一切衆生喜見菩薩は、日月浄明徳如来のもと、 浄徳王の家に生まれ変わった。王のヒザの上に、禅の姿勢を取って生まれたのである。 生まれてすぐ、一切衆生喜見菩薩は父母にこう述べた:

 「王さまよ わたしはここで 修行して 高い境地に 達したよ
 いとしきの からだを捨てて 精進し きまりを堅く 守りとおした」
さらに。
「日月浄明徳如来は今もおられます。私は、かの如来を供養したゆえ 『一切音精通』という おまじない を知り、法華経を如来から 直接伺いました。父上母上、私は如来のもとに詣りたい。そしてまた 如来を供養したいのです」と。
宿王華。そして一切衆生喜見菩薩は空中に浮かび上がり、座禅の姿勢のまま 如来のもとに参じた。如来への挨拶などを済ませ、こう申し上げた:
 「ひときわと みめうるわしき 勇者さま あまねく照らす あなたの光は
 今ここに 私が詣るは あなたさま あなたを目にして 供養をするため
世尊。まだ、おられましたな」
日月浄明徳如来はこう仰せだ。
「善男子。わが涅槃の時まさに今来たり。ソファを用意せよ。 我は涅槃せり」
さらに続けて仰せだ。
「善男子。汝に、この教えを託す。これら菩薩たち弟子たち等を託す。 また私が涅槃した後の骨、それも汝に託す。汝自らの手で、我が骨への供養を盛大に行うべし。 そして骨を広く分配し、仏塔をたくさん建立すべし」
宿王華。日月浄明徳如来はこう指示されたのち、その夜遅く、完全なる涅槃に入られたのだ。

 宿王華。 日月浄明徳如来が涅槃されたのち、一切衆生喜見菩薩は如来を火葬した。如来の遺骨を 拾ってから、一切衆生喜見菩薩は泣き叫んだのだ。ひとしきり泣き叫んだ後、 一切衆生喜見菩薩は 如来の遺骨を84000個の豪華な瓶に納めて、84000の仏塔を建てた。 仏塔を飾る傘は天界に届かんばかりに高いもので、飾り紐や鈴が揺れていた。 このとき一切衆生喜見菩薩はこう思った:

「日月浄明徳如来のご遺骨を供養した。だが、もっとすばらしき供養をせねば」
そして一切衆生喜見菩薩は菩薩たち弟子たち等にこう告げたのだ:
「善男子。汝ら皆、世尊の遺骨を供養せんとの想いを起こすべし」
宿王華。 すると一切衆生喜見菩薩は、84000もの仏塔の前で、自らの腕に火をつけたのだ。 かくて72000年のあいだ腕を燃やし続け、仏塔を供養したのである。 また供養している間に、ムチャクチャ大勢の弟子たちの指導を行い、 菩薩たちを現一切色身の境地に到達させたのだ。 宿王華。 こうして一切衆生喜見菩薩は腕を失ったのだが。周囲の菩薩たち弟子たちは皆、 それを見て泣き叫んだのである。曰:
「我らが師、一切衆生喜見菩薩は腕をなくし、不具者になってしまわれた。」
彼らに一切衆生喜見菩薩はこう告げた。
「私が腕を失ったからといって、泣くでない。この私は、無数の世界にそれぞれ おられる仏を証人として、真実の言葉を述べる。-- 『私が自分の腕を捨てたのが本当に如来への供養のためであるなら、 我が身体は金色となるであろうし、またこの我が腕も元のとおりになるべし。 また大地は震動すべし。神々の子らは、華の雨を降らすべし』」
この一切衆生喜見菩薩の真実の言葉により、 直後、地震が起こり、空中からは華の雨が降った。 そして、一切衆生喜見菩薩のその腕は、以前のとおりに戻ったのであった。 これは一切衆生喜見菩薩が十分な知恵と福徳を身につけていたからである。

 「宿王華。 この一切衆生喜見菩薩はいったい誰なのかとの疑いを持つかもしれない。 宿王華。しかし、あのときの一切衆生喜見菩薩こそ、他ならぬ薬王菩薩なのだ。 薬王菩薩は、これほど多くの困難を成し遂げ、自分の身体を捧げたのだ。 宿王華。 菩薩を目指す者が、このうえなき悟りを求めて、仏塔で足の親指、 手足の指一本、あるいは腕か足を一本、燃やすのであれば。 その者が作り出す福徳は膨大である。 王国や息子・娘・妻などを捧げたとしても、比べものにならない。」

 「宿王華。 また菩薩を目指す者が、 無数にある世界のすべてを満たすほどの宝物を仏や菩薩たちに布施したとしても。 そこから得られる福徳は、 法華経の中にある表現のどれか一つを記憶することより少ない。 宿王華。 水場の中では大洋が一番なように、この法華経が仏説で一番である。 山の中では須弥山が最高峰なように、この法華経が仏説で最高峰である。 星の中では月が最高なように、この法華経が仏説で最高である。 太陽が暗黒を残らず破るように、この法華経が不善の闇を残らず破るのである。 帝釈天が神々の王であるように、この法華経が仏説の王である。 梵天が梵界の父であるように、この法華経が人々また仏弟子たちの父である。 尊者とされる者が凡人を超越するように、この法華経は仏説の中の超越者であり最高である。 また法華経を記憶する者たちも、人々の中では最高と知るべし。 菩薩が仏弟子で最上なように、この法華経が仏説で最上である。 如来が仏弟子たちの王冠をかぶるように、この法華経は菩薩を目指す者にとっては 如来のごとき存在である。 この法華経はすべての人から恐怖・苦を全部取り除く。渇いた人への池の如し。 凍える者への火の如し。裸人への衣服の如し。商人への商主の如し。 息子への母の如し。渡河人への舟の如し。病人への医師の如し。闇中での燈の如し。 財産を求める者への宝の如し。城主への聖王の如し。河における海の如し。 闇を残らず消し去る松明の如し。 かようにこの法華経は一切苦・一切病を除去し、輪廻の恐怖束縛から解放するものである。 宿王華。 この法華経を聞く、書き写す、書き写させる者が得る福徳は膨大すぎて、その全貌は 仏にもわからないほどである。 この法華経を記憶する、口にする、説明する、聞く、書き写す、 書物にすることで尊重し供養する、また花、香、旗、音楽、合掌、燈火‥などで 尊重し供養することで得られる福徳も同様。」

 「また、この『薬王菩薩の昔』の章を聞き記憶し口にする者、 そのような菩薩を目指す者が生み出す福徳も膨大である。 さらにこの法華経を聞いて理解し記憶する女人があれば、その者はもう 女人に転生することはないであろう。500年の後に、 この『薬王菩薩の昔』の章を聞いて修行する女人があれば、その者は死後 極楽浄土に生まれる。そこは阿弥陀如来がおられる世界であるが、 そこにある蓮華の中に生まれるのだ。 その者には貪欲・憎しみなどの悪感情は起こらない。 超自然的なチカラも身に付いており、また『無生法忍』という知識も得ているであろう。 さらにその者は完全に澄み渡った眼で、無数の仏・如来たちを見るであろう。 仏たちはこのような賛辞を送るであろう:

「いいぞいいぞ。汝は法華経を聞いて、かの釈迦如来の説法について語り、熟考し、 他の者たちに説明するとは。汝が得た福徳は火で焼くことも、水で流すこともできない。 仏が1000人いても語り尽くせないほどである。魔敵を打破し恐怖との戦に打ち勝った汝には、 百千もの仏たちのご加護がある。 生ける者のうち、汝に近きものは如来以外ないと知れ。菩薩、仏弟子であっても 福徳により知恵により汝を越えることはできない。」
その者は、かくのごとき知恵の力を獲得するであろう。」

 「宿王華。 この『薬王菩薩の昔』の章を聞いて、それを賞賛する者がいれば。その者の口からは 蓮華の香りが漂い、手足からは栴檀の香りがするであろう。 このお経を賞賛する者にも、かような功徳があろう。 宿王華。 それゆえ、私のここでの説法を、私は託す。この『薬王菩薩の昔』の章を。 今後500年のあいだ、この章の内容が消え失せないよう、このジャンブ島に流布されるように。 魔王、竜どもに潰されないように。 この章が、ジャンブ島において病める者たちの薬となるように。 そのように私は加護する。 この経を聞けば、病気なく老衰なく、不慮の死もなくなるであろう。 菩薩を目指す者がもし、この経典を記憶する出家者を見かけたならば。 かれに栴檀の粉などをふりかけ、こう:

「かれは『さとり』の座につくのだろう。その座に、草のベッドを用意するだろう。 魔軍を制圧するだろう。教えの法螺貝を吹き、教えを太鼓を打ち鳴らすだろう。 輪廻の海を渡るだろう」
このように思うべし。さすれば、その者には ここで述べたような功徳があろう。」

 この『薬王菩薩の昔』の章が説かれたとき、84000人もの菩薩たちが 解一切衆生語言の おなじないを獲得した。多宝如来は賞賛された。

「すばらしいぞ、宿王華。思考を超えた内容の説法を如来が行っておられるときに、 汝が如来に問いを発するとは」
以上、法華経の『薬王菩薩の昔』の章、第22。

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めも

後半、途中から文脈がグニャリと変わって「いかに法華経がすばらしいか」という 話題に変わってしまいますが、それより前の部分について見ていくと、 この章のポイントは、何といっても以下でしょう:

「自分の身体を捨てて供養することこそ、最高最上最善の供養なり」
この、ちょっと間違うと自爆テロにまで結びつきかねない、危険をはらむ価値観は、 人々にけっこう大きな影響を与えたと思われます。たとえば「発心集(3-05)」にある 「或る禅師」[大雑把訳]とか。 その他にも出家者の信心ゆえの焼身自殺って、 紀州熊野阿弥陀寺の応照上人の例とか、さがせば結構あるはずですから‥[*1]


*註1
ただし仏教には 「殺してはいけない」[*]という 教えが生き続けているので、よっぽどの暴走でもないかぎり 「自爆テロ」にはたどり着かないですけどね。為念 (ただし、同じ大乗涅槃経の中には「仏が仙預という王だった時、 大乗仏教(方等)を誹謗したバラモンを殺してしまったが、 でも地獄に堕ちてないぜ」というヤバい話があるんですけどね‥ (関連情報: [ 仏敵を殺しても地獄に堕ちない // [Budh] 仏世尊は異教徒殲滅を容認?! (霊異記/涅槃経) ])
 ‥といいながら。日本の歴史をふり返ってみた場合、いわゆる「僧兵」と呼ばれる人たちが 存在していて、彼らが殺人をしていなかった‥とはとても思えません。また近代以降を見ても、 まあ、諸般の事情から仕方なかった面もあるんでしょうが:
日本最大の教団である浄土真宗大谷派は、第二次大戦時に「罪悪人を膺懲し、救済せんが ためには、殺生も亦、時にその方法として採用せらるべき」(『仏教と戦争』昭和十二年八月、本 願寺計画課発行)と公布して、聖戦であるこの戦争に積極的に協力することを門徒に呼びかけた。 (森達也(2008)『メメント』,実業之日本社. p.25.)
これが理想と現実のギャップというやつなんでしょうか。