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Who knows what a 導師 is?

「グル」の訳語としてよく使われる「導師」という語について。


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[ふろく] 仏名経について

(仏名会について)の、つづき。

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仏名経には3種あり

 ここからは「導師」とも「グル」とも関係ない話になるんですけど。 上記「仏名会」で用いられる「仏名経」についてです。『仏名経』(仏説仏名経)と 呼ばれる文献は現在のところ二種類あるようです。

  • 佛説佛名經 (大正No.0440, 菩提流支譯, 全12巻) [SAT]
  • 佛説佛名經 (大正No.0441, --, 全30巻?) [SAT]
  • [参考] 仏説仏名経 (現存しない?, 全16巻)
このうち最初の No.0440 がインド原産で、 仏様のお名前が なんと一万五千も収録されており(数えたのか!) 和歌森曰「本来の十二巻仏名経」(p.373)だそうです。

 そして三番目の"[参考]"印をつけたやつが平安時代の仏名会で用いられた 「仏名経」(こちらは仏様の名前が たった一万三千個![*1])で、 どうやら上記 No.0440 の文献をベースに中国で作成された 産地偽装の「偽経」であり、またほとんど現存してないみたいです(すくなくとも 大正大蔵経には入ってない。‥んですけど、現存するものは あるみたいです。 日本古写経データベース(国際仏教学大学院大学)[*]の「1167 馬頭羅刹仏名経」の項目[LINK]) (偽経という点では『開元釋教録』[SAT]でも「僞妄亂眞録」に分類されてます。)

 そして最後に、二番目に挙げてある No.0441 の文献。これはどうやら 平安時代に使われていた全16巻の「仏名経」の子孫というか、 成れの果てというか、そんな感じのものらしいです。ですから、 平安時代に用いられたとおぼしい「十六巻仏名経」を今は なかなか見ることはできないですけど、 No.0441の三十巻仏名経を見れば十六巻本のだいたいの内容はわかる、という感じのようです。

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「仏名経」三種の関係は

なお。これら三種の「仏名経」の関係について、石田2013は以下のように述べています:

十六巻本『仏名経』とは菩提流支訳の十二巻本『仏名経』に凡俗の鄙語を加え て十六巻にしたてた『大乗蓮華馬頭羅刹経』という偽経であって、それに『大乗蓮華宝達菩 薩問答報応沙門経』という同類の偽経を加えて三十巻に仕立てたものが三十巻本『仏名経』 である (石田瑞麿(2013)『日本人と地獄』講談社学術文庫(オリジナルは1998年), p.49)
ここではまず(1)十二巻本があって、それが膨らんで(2)十六巻本の『大乗蓮華馬頭羅刹経』となり、 それにさらに『大乗蓮華宝達菩薩問答報応沙門経』を加えたのが(3)現行三十巻本、といった 感じになってます。

 ‥んー。しかしこれは和歌森1972の説明とちょっと合わないなあ‥。和歌森1972によれば、 十六巻仏名経の頃は『大乗蓮華馬頭羅刹経』を引いていたのが、いつの頃からか その 馬頭羅刹経と関連した内容の『宝達菩薩門報応沙門経』をも引くようになり、 三十巻本ではその両経をあわせて『大乘蓮華寶達問答報應沙門経』と 呼んでるらしいです。(和歌森1972, p.348) どっちが正しいのかな‥。 和歌森1972よりも石田2013のほうが最新ですから、やっぱ石田説なのかな。

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仏様のお名前に関する歴史的展開

「仏名経」の中身に入る前に、仏名会の歴史的展開について簡単に触れておきます。

平安後期になると上記「十六巻仏名経」を用いた仏名会の開催が下火になってきます。 そのかわり 『過去莊嚴劫千佛名經(大正0446)』 『現在賢劫千佛名經(大正0447)』 『未來星宿劫千佛名經(大正0448)』 この3つを合わせて三千の仏名を称えるのが主流になっていったようです。 しかし、さらに時代が下がってくると「手抜きはいけない」という感じになったんでしょうか、 「本来の十二巻仏名経」たる No.0440 の十二巻仏名経(一万五千の仏名)が用いられたり したようです(和歌森1972, p.373)。

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仏名経(No.0441)の構成

『仏説仏名経』(大正0441) の「もくじ」は [ ここ ] です。

まず最初から言ってしまえば、この No.0441 の仏名経、なんか構成がおかしいです。 「仏名経」というくらいですし、その用途を考えても、お経の中には 仏様などのお名前がズラッと並んでいればそれで十分のはずなんですけど。

 何がおかしいのか。実際にちょっと構成を見てみましょう。 先ほど紹介したNo.0441の「仏名経」のSATへのリンク[SAT]を 別ウィンドウでクリックして見ながら以下をお読みいただければ幸いです。

 第一巻から始まります。冒頭、 「仏説」を名乗るだけあって、お決まりの文句「如是我聞」で始まってます。 冒頭部分を大雑把に訳すとこんな感じでしょうか。

[大雑把訳] わたしはこう聞きました。あるとき仏は給孤獨園におられました。 大勢に囲まれてました。世尊は皆に仰せです。お前らのため過去未来現在の 仏たちの名字を教えてやろう。これら仏名を受持讀誦すれば現世でハッピー・諸罪消滅するし、 未来で「さとり」を得る。諸罪消滅を願う者には、風呂に入って服を着替えるようなものだ。 こう称えよ: 南無東方阿閦佛 南無八十六初元成王佛 南無火光佛 南無靈目佛‥‥
そして後は仏の名前が延々と続いてます。

 上でも書きましたが、 他の仏名経系の文献は このまま文献の最後まで仏の名前が列挙されているはずなんですけど。 この No.0441 はちょっと違います。文献をしばらくスクロールしていくと 「T0441_.14.0188a28」の行までは仏様の名前がズラズラと(大正大蔵経でいえば 約3ページ)並んでいるんですけど、 その次の「T0441_.14.0188a29」の行で突然「禮三寶已次復懺悔」、 「三宝(仏・法・僧)に礼したのち懺悔せよ」といった程度の意味ですかね。そういう行があって、 そこから突然 何かを一所懸命語りだします。「懺悔したい者は、その前に必ず三宝を敬うべし。 三宝は一切衆生にとって良友福田だから。帰向すれば無量の罪が消え無量の福が長じる。云々」 という感じで、どうやら「懺悔せよ!」という感じの内容ですかね。しかも、 かなり綿密に語ろうとしていることが感じられます。 やたら分類して説明してるし^^。 そんな感じのものが大正大蔵経で約2ページほど続いてます。んで、その演説(?)も 「T0441_.14.0190a10」の行まででやはり唐突に終わります。次の行からは

T0441_.14.0190a11: 三部合卷罪報應經此經有二十八品
T0441_.14.0190a12: 略此一品流行
T0441_.14.0190a13: 大乘蓮華寶達問答報應沙門品第一
と、これまた突然『大乘蓮華寶達問答報應沙門品』なるものが開始されてます。 「摩竭道場の菩提樹の華が全部枯れ落ちてしまいます。皆動揺します。寶達菩薩が仏に伺います。 何故菩提樹の華が枯れたのですか、と。 仏は仰せです。悪行をなした沙門(出家者)どもは苦しむことになるから、と。 仏にお願いします。悪行沙門どもが得る果報について教えてください、と。 仏は仰せです。東に鐵圍大山があるが、そこに光の届かない幽冥処があり名付けて地獄という。 その地獄の中で悪行沙門どもは罪の報いを得ている。おまえちょっとそこに行って聞いてこい。 何故そこに堕ちたのか、そこでどういう目にあってるかを、と。‥‥」と、だいたい こんな感じで始まってますね。そしてこの後から地獄に関する描写が始まっているのですが、 三十六王の名前と三十二地獄の名前を紹介したところで、行でいうなら [T0441_.14.0190c17]の行で第一巻の終わりです。その次の [T0441_.14.0190c18]から、なぜかもう一つある 第一巻の終わりの行[T0441_.14.0191b25]までは後代の附加ですねたぶん。 何やら解説がついてます。とりあえずこれはサクッと飛ばしましょう。

そして第二巻が [T0441_.14.0191c03] の行から始まるのですが。 これがまた何の前置きもなく、仏名の列挙から始まってます。そして [T0441_.14.0194b09] の行に「禮三寶已次復懺悔」とあり、そこからまた 「懺悔せよ!」が始まってます。そして第一巻と同様、そのお説教も [T0441_.14.0195a20]の行に「大乘蓮華寶達問答報應沙門經」と来たところで 唐突に終了します。そしてそこから後ろ、第二巻の終わりまで また宝達菩薩の地獄見聞録です。 つまりこの仏名経は、その各巻で「仏名一覧」「懺悔せよ!」「地獄めぐり」[*4]という 3つのストーリーが同時進行してるような構成になっているわけですね。 んー。号ごとに、いろんな連載マンガが載っている「週刊少年ホーリーネーム」的に イメージすればいいんでしょうかね。

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仏名経(No.0441)の地獄描写

さて。この仏名経(No.0441)は、 各巻にそれぞれ少しずつ地獄描写が付けられていることを紹介した訳ですが。 その地獄描写の内容はどのような特徴を持つのでしょうか。 私は他の地獄描写を見たことがないので特徴について述べることができません。 そこでまた和歌森先生を安易に頼らせてもらいます。 和歌森1972は、この文献の地獄描写について以下のように述べています。

私の読んだところ『十六巻本仏名経』が含む地獄の景観は、あたかも その懺悔文の徹底ぶりと相応するように、 さながら印度以来の諸種の地獄説を綜合集成した上にさらに 創造描写を加えたような趣きのあるものである。 それは、仏が宝達菩薩に対して、東方鉄囲山中幽冥の 処、火光及ばざる地獄の中において悪行の沙門がどういう罪をうけているか、 それがどういう因縁によ るものであるかをみさせようと言って、阿鼻地獄以下あらゆる地獄を廻らせる 記事を収めているのであ る。三十六王典主地獄・二十二沙門地獄を始めとして‥(中略)‥ 多くの地獄において、いかにむ ごたらしい処置をうけているかをみさせる話で充ち満ちている。罪人の怒号叫喚する声、
 馬頭羅刹手捉三股鉄叉、望腰撞膐中而出、擎着鉄床之上(eKanji data)刀仰刺腹背倶徹
という有様以上のむざんさ、これらの間における宝達の悲泣ぶり、余すところなく書かれてかたずを呑 ますものがある。それは『長阿含経』第十九地獄品や『正法念処経』‥(中略)‥ 諸地獄説の集成以上のものである。後のわが『往生要集』の地獄説をいっそう敷衍した趣がすでにある のである。(和歌森1972, pp.352--353)
‥なんか独創性に満ちあふれた、他の類似文献より綿密な、めくるめく地獄の描写が そこにあるようですね。何かオラ、ワクワクしてきたぞ!

 ちなみに「仏名経(三十巻本)(大正441)」中における 「大乘蓮華寶達問答報應沙門品」の地獄描写の「もくじ」は [ こちら ] 。

‥‥でも翻訳するのもちょっと大変だよなー、とか思っていたところ。 以下のようなページを見つけました。

おー!! (^o^)
ただ「小説化」と書いてありますし、実際ちょっと読んでみると 原本よりもさらに細部の 記述が綿密に詳細になっており、これを読んで「大乘蓮華寶達問答報應沙門經」を 理解した気になってしまうと危険かも‥とは思うのですが、 そのぶんかなり読みやすく、また感情移入しやすくなっているようにも思われます。 ですので 興味がおありの方は そちらでお楽しみ‥いや、 悪行をなす者の末路について驚愕し心を正す契機となしていただけますと幸いです。


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*註1
846(承和3)年の太政官符に「万三千之宝号‥」とあることから、この時代、仏名会で 使われていたのはこっちなんだな、と判断できるらしいです(和歌森1972, p.350)。
一万三千の仏といえば。 秋田県男鹿市にある「万体仏」[1]には 仏様が一万三千体安置されているそうですが、この「一万三千」という数の典拠って やっぱり これなんですかね? 江戸時代の作らしいですので、おそらくもう「十六巻仏名経」は散逸してしまっていても おかしくないとは思うのですが‥
*註3
地獄絡みの仏教的世界観だと「六道」、つまり人が死後赴く可能性のある六つの世界が あって、そのうち最悪なのが「地獄」、地獄よりちょっとマシなのが「餓鬼」[*]、 それよりさらにマシなのが「畜生」‥となっているんですけど、 餓鬼も畜生も眼中になさそうなのがいいですね。地獄か極楽かの究極の二者択一的 雰囲気がまた何とも‥(^_^;
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