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現代日本における外道ども

現代日本における「外道」の用例で、気付いたものを集めてみました。

[前] 本雑誌新聞

News::統率の外道(1944)

以前から「統率の外道」あるいは「外道の統率」という言葉が、太平洋戦争関連で 使われているのは知っていました。でも、それがどういう文脈で使われてるのか よくわからなかったのですが。 読売新聞 2006/1/27(金) 付の特集記事に、たぶんこれで間違いないだろう、という 記述がありました。

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神風特攻隊は外道

 発言したのは、太平洋戦争末期にマニラの第1航空艦隊司令長官になった大西滝治郎中将。 発言内容は、ズバリ、神風特攻隊(1944(昭和19)年10月20日〜)が はじめて結成されることが決まったとき。 「兵士を落命させようとする作戦は作戦じゃない! 言語道断、常軌を逸している」という意味で 使った模様です。‥‥つまり。普通、軍事作戦というものは、たとえそれが あまりに非現実的かつ無謀なものであったとしても、 作成が成功する確率がほとんどゼロに近いものであったとしても、 万が一にでも 作戦が無事に成功した場合、 兵士は無事に帰ってこれることが当然の前提であるべきもの、だそうです。 要するに。作戦というものは「生きる」「助かる」ためのものなのです。

 しかし特攻の場合、そうではありません。作戦が無事にうまくいったとき、 兵士は確実に落命するのです。兵士が助かる状況というのは、作戦が失敗したときだけです。 これはつまり、特攻作戦とは 上で書いた「作戦というものは『生きる』『助かる』ためのもの」とは 真逆の性質を持ったものということです。 作戦が「死ぬ」「敵に一泡吹かせる」ためのものになっています。 いったい、そんなものを「作戦」と呼べるのか? 「作戦」と呼んでいいのか?? ‥‥という気持ちが、おそらく 「作戦の外道」「統率の外道」という言葉として出てきたんだろうという感じです。

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新聞記事を

とりあえず、以下に引用を。

検証・戦争責任(9)
「外道の「十死零生」 // 散った命 9500余」
「作戦の名に値せず」
‥大西中将は特攻隊を編成する際、第1航空艦隊の先任参謀に 「こりゃあ、統率の外道だよ」(同)と語ったという。作戦とは、わずかでも生還の可能性がある 「九死一生」が限度で、100%の確率で死が予定されている「十死零生」の特攻は、 作戦の名に値しないという意味だ。  しかし一度、統率の道を踏み外した大本営陸海軍部は45年1月、戦争指導会議を 開き、「陸海軍全機特攻化」を決定した。 (読売新聞 2006(H18)/1/27(金) 第12版 pp.16--17.)
Wikiquote [URL]には「特攻は統率の外道である」とあり、 読売新聞の中身とはちょっと違っているんですけど、まあ、誤差の範囲内だと思います。

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ここでの「外道」は

「統率の外道」の「外道」には 人道的どうこう‥ という含みがあるかどうか、ですけど。 この言葉だけでどこまで解釈してよいかというのは難しいところがありますが。 個人的には、人道的どうこう、という含みはなくて、単純に「これはすでに『作戦』と 呼べるようなものではない。別モノだ」程度の意味じゃないかと考えています。

また、敗戦の翌朝、8/16未明頃に自決した大西中将の遺書には

吾死を以て旧部下の 英霊と其の遺族に謝せ んとす
と「謝せり」とあり、これをどう見るかということですけど。んー。 「人道的にひどいことをした。スマン」ではなく、「そこまでしてもらったのに、 勝てなくてゴメン。俺もすでに死ぬ気だったから‥」ということではないかと‥ となると、やっぱこの用例における「外道」の意味内容には 「人の道をはずれ」的ニュアンスはなかったのではないかと思うわけですが、 いかがなものでしょうか。

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[ふろく] 何故に特攻をやるか

1944(昭和19)年7月。上記「神風特別攻撃隊」が結成される4月ほど前。 じつは それと同じことが硫黄島で行なわれようとしてた という話もあります。

横空の幹部たちのいいぶんによれば、横空がまもっているこの硫黄島が、こんなめちゃくちゃに やられて、しかも一矢も敵に報いるところがないというのでは、日本海軍航空隊の筆頭にすわる 横空の名折れだ、伝統ある横空の名誉のために、ここはどんなことがあっても、敵に一矢を むくいなければならないというのである。‥(略)‥大佐の訓示がはじまった。「‥(略)‥ 本日は絶対に空中戦闘を行なってはならない。雷撃機も、魚雷を落としてはいけない。戦闘機、 魚雷機うって一丸となって全機、敵航空母艦の舷側に体当たりせよ」‥(略)‥ ながいながい戦場生活を通じて、そうとう烈しい戦争の場かずも踏んできているつもりだが、 こんなふうに『死ね』といわれると、さすがに心にこたえる。まだ俺は人間ができて いないのだろうか。 (坂井三郎(1967)『大空のサムライ』光人社., pp.362--364.; 右にあるはずの本は、版が違うためページ番号などは違っていると思います)
この命令を受けた坂井氏らは結局、悪天候、道中の敵襲などにより燃料不足となり、 途中で引き返さざるを得なくなったため その日は一命を取り留めた訳ですけど。 この場合は、「伝統ある横空(横須賀海軍航空隊)の名誉のために、ここはどんなことがあっても、 敵に一矢をむくいなければならない」と幹部たちが強く思ったゆえ、 このような命令が出たわけですけど。

 この硫黄島における理由と、神風が開始されることになった理由。これらは同じかどうか というのは正直よくわかりませんけど。しかし‥。たぶん、それと似たような、 メンツというやつ、とくに 個人じゃなくて、 「伝統ある横空」のような、自分らが所属する組織のメンツを 何がなんでも守らないといけない、 そういう感じの思惑が絡んでるような気は、どうしても、してしまいますよね。

 ‥でもそこで出てくるのが「本人のメンツ」じゃなくて「組織のメンツ」というのが 不思議ですけどね。「自分自身のメンツが」と言ってしまうと単なる自己中に なっちゃいそうなのが、自分以外の人たちの名前も勝手に乗せて「我等のメンツ」「先輩たちのメンツ」と 言ってしまうと、なんか自己中ぽい雰囲気が薄れるので大声で叫びやすくなるとか、 そういう感じなんでしょうか。

 んで、このような理不尽な指令に対して坂井さんは「こんなふうに『死ね』といわれると、 さすがに心にこたえる。まだ俺は人間ができていないのだろうか」と回想しています。 もちろん、これは当時の司令部に対する皮肉としての表現であって、誰も(そしておそらく本人も) 坂井さんの人間ができていないからだ、なんてことは思わないのは確かでしょうけど。 しかしなあ‥。そうでも思わないと納得できないような状況というのは、さすがに 戦時においても、平時においても、作ってはいけない状況ですよね。そりゃ負けるわ‥


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[ふろく] 百田尚樹『永遠の0』

何年もの間ずっと話題作であり続けている

  • 百田尚樹(2009)『永遠の0』講談社文庫(オリジナルは太田出版2006)
この本の中に、本ページで紹介したいくつかの事項について 触れた事項があり、それを読んで「おお、確かに」と思うことがありましたので、 すこし紹介させてください。

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「十死零生」の与える重み

特攻作戦について、上で「‥‥つまり。普通、軍事作戦というものは、たとえそれが あまりに非現実的かつ無謀なものであったとしても、作戦が無事に成功した場合、 兵士は無事に帰ってこれることが当然の前提であるべきもの、だそうです。 しかし特攻の場合、そうではありません。作戦が無事にうまくいったとき、 兵士は確実に落命するのです。兵士が助かる状況というのは、作戦が失敗したときだけです」とは 書きましたけど、でも 実のところ、それが実際にその作戦に参加する兵士たちに どういう影響を与えるかについてはあまり深く考えていなかったんですけど。 百田『永遠の0』を見たら、それについてハッキリ書いてましたね。全然違う、と。 どう違うかといえば。

「しかし死を覚悟して出撃することと、死ぬと定めて出撃することは まったく別ものだった。これまでは、たとえ可能性は少なくとも、 一縷の望みをかけて戦ってきたのだ。だが特攻となればもう運も何もない。 生き残る努力もすべて無駄なのだ。出撃すれば必ず死ぬ (p.337)」 // 「どんな過酷な戦闘でも、生き残る確率がわずかでもあれば、必死で 戦える。しかし必ず死ぬと決まった作戦は絶対に嫌だ (p.352)」
つまり、どんな無謀な作戦であっても、万一助かる可能性がある場合、 人はその可能性に向けて滾ることができる訳ですけど。しかし 必ず死ぬと決まってる作戦なんて、いくら滾ろうとしても滾れる訳ないじゃん! と。

 ‥ごもっとも。

 本書は、戦争中の描写については あちこちの書物にあった描写にかなり忠実に 描かれているようですので、つまり、本書は小説ではありますが、 このへんの描写についてかなり信用できそうに思われます。

 兵士たちをガッカリさせ、やる気をなくしてしまう作戦‥。 つまり「すでに統率とは別の何か」的な意味での「統率の外道」という言葉が、 なんかピッタリに感じてしまいます。

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大西中将の切腹の是非について

特攻作戦に最初にゴーサインを出した大西中将は 日本の敗戦後に切腹自殺を遂げたことを紹介しました。 これについて百田『永遠の0』の中に、このような発言があります。

「今、特攻隊員の後を追う者はほとんどいないと言ったが、「特攻の父」と 言われる大西瀧治郎中将は終戦の翌日に切腹して死んだ。この死を 「責任を取って死んだ」立派な死と受け取る者も少なくないが、 私は少しも立派とは思わない。多くの前途ある若者の命を奪っておいて、 老人一人が自殺したくらいで責任が取れるのか。  百歩譲って、レイテの戦いでは、やむを得ない決死の作戦であったのかも しれない。しかし沖縄戦以降の特攻はまるで無意味だった。死ぬ勇気が あるなら、なぜ「自分の命と引き換えても、特攻に反対する」と言って 腹を切らなかったのだ。(p.431)」
つまり、最初に特攻隊を出したとき。特攻が そのとき限りの話であれば、 大西中将の話も一種の美談になった可能性はまだあったかもしれないですけど。

 特攻はこの後 どんどん日常化していき、

特攻の出撃というのはそれなりに厳かで苛烈なものだとは思うが、 ああも毎日のように続いたら見ている方も慣れてくる。‥(略)‥ 特攻を命じる方も最初は我が身が切られるほどに辛かったろうが、 そのうちに事務的に搭乗員割を作っていったのだろう (pp.484--485)
 ‥ こんな状況になっていった中、じゃあ、その大西中将だけは、初心と同じように、 特攻が日常化した後も身を切るような痛みを感じ続けていて、それで 敗戦が決まった後に彼らの後を追った‥なんて美談、誰が信じる? 誰が泣く?? というかこれ、本当に美談になるの???

 ‥という話ですよね。‥んー。これをどう評価すべきかというのは、ちょっと 難しいですね。私には難しいです。

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大西中将と特攻作戦

しかし大西中将と特攻作戦との関わりについては、じつは、別の問題もあります。 それは何かといえば。特攻作戦といえば大西中将 という図式が、なんとなく、 当然の図式として できあがっていますけど。でも実際のところ、 「特攻させようぜ」という方針はすでにできていて、その実行役として 大西中将が選ばれただけ、そういう点では大西中将もじつは被害者である、という 可能性もあるみたいです。これもやはり百田『永遠の0』にあったのですが、

「特攻作戦は大西中将が十九年の十月に提案して採用されたということだが、 はたして本当にそうなのか。彼自身は特攻を「統率の外道」と呼んでいた。  海軍は特攻兵器「回天」や「桜花」などを十九年終わりから使用しているが、 その開発は十九年の初めにさかのぼる。いやしくも新兵器の開発がなされる 時は軍の方針がなければ出来るものではない。とすると、大西中将はスケープ ゴートにされたに違いない。大西中将はしかし何ひとつ言い訳はしなかった。 おそらく多くの関係者をかばって死んでいったのだろう。かばうなら若者たちを かばってほしかった。(p.432)」 // 「史実によれば、マバラカットに来た大西長官が特攻を発案し、 関行男大尉を隊長に任命したことになっているが、それはおかしい。 それ以前に、下士官一同に特攻志願させているからだ。大西長官の到着前に、 特攻が行われることが決まっていたに違いない。(p.338)」
大西中将の前からすでに特攻作戦はできあがっていた‥。とすると、 「特攻の発案者」として戦後自決した大西中将も、実は特攻の被害者、 特攻はしてないけど 特攻作戦によって命を落とした戦士の一人、という 見方もできますよね。となると‥‥んー、だめだ。やっぱ、 いろんな評価を即断で下してしまうことは、俺には難しすぎです‥。

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