[Most contents are written in Japanese Language] [Always under construction]

[ ぐるTOP :: 導師 ]

Who knows what a 導師 is?

「グル」の訳語としてよく使われる「導師」という語について。


[前] 非仏教系の「導師」

『肥前国有馬古老物語』

[Table of Contents]

いるまん導師

「肥前国有馬古老物語」(1682(天和2)年)という書物にこんな記述があるのを見つけました。

然処に、天草四郎が深秘不思議を聞付て、彼次 兵衛申候者、慶長十六年に異国のいるまん導師一 人も不>残御追払被>成候時、 (国書刊行会編纂(1907;参照は1970(昭和45)版)「肥前国有馬古老物語」『続々群書類従12』,国書刊行会. p.592b)
(ちなみにこの記述は 米井力也,「鬼利至端破却論伝 -- 島原の乱と反キリシタンの文学」, 『岩波講座 日本文学と仏教 8,神と仏』,1994. という文章の中で紹介されていたもので、私もこれで知りました。)

 「彼次兵衛」というのは 金鍔次兵衛 [Wikipedia] のこと (ただ、文脈を見るとこれは次兵衛じゃなくて梶野次郎兵衛の書き間違いじゃないか? という 気もしていて、そこはちょっとわからない)。この人が天草四郎の噂を聞いて、 そういえば昔 --- 1611(慶長16)年、 「異国のいるまん導師」が一人残らず追放された時に、 (そのとき、上津浦村の ままこす という名の いるまん が予言していたが‥と、 天草四郎の出現が予言されていたという話につながる)‥という感じの内容です。

[Table of Contents]

外道の道師

 同じ「肥前国有馬古老物語」の中に、こんな表現があるのも見つけました:

同十六年或説に慶長十七年と云、には、異国より渡候外 道の道師一人もなく御追放被成、夫より随て有馬左衛門佐殿の 御家中宗門御僉議被成候者、彼宗門を替り申間 敷と申侍七人御座候、 (国書刊行会編纂(1907;参照は1970(昭和45)版)「肥前国有馬古老物語」『続々群書類従12』,国書刊行会. p.590b)
修理大夫殿(有馬晴信)が江戸に呼ばれ 甲斐国に流罪、その跡継ぎが有馬左衛門佐殿(有馬直純)になった。 ---- んで、それに続いて ここで紹介した内容になります。 (大雑把訳) 1611(慶長16)年、異国から渡ってきた外道の道師は残らず追放され、 御家中の宗門をチェックしたらキリスト教以外はイヤというのが7人いたので (火刑にされた) ‥と。

 「肥前国有馬古老物語」というのは、キリシタン迫害の歴史を、 迫害する側から描いたものですからね。だからキリシタンのことを「外道」とか 「外道宗門」と表現しているみたいで、 それは「導師」よりも頻繁に、あちこち出てきます。 [ 「外道」については、こちら ]

[Table of Contents]

「いるまん導師」とは

まずここで気になるのが「いるまん導師」。 「いるまん」て何?? ‥ということで、まずは広辞苑を引いてみました。

イルマン
(キリシタン用語。兄弟・法兄弟の意。「入満」「伊留満」「由婁漫」と当て た) 近世初期、キリシタン布教時代に、バテレン(パアデレ・神父)の次に位す る宣教師。修道士。ヒイデスの導師「新しくこの国へ渡海のパアデレ、―、こ の書のたよりを以て日本の言葉を習はるべき為」
へー。戦国期から江戸初期にかけて日本に来ていた宣教師たちが 「導師」と呼ばれていたとは知りませんでした。

 しかも宣教師のことを「導師」という語で呼ぶのが、ここで紹介した 「肥前国有馬古老物語」だけの特殊な用例というわけではなく、 「ヒイデスの導師」なる書物もあるみたいです。へー。 ‥ただ「ヒイデスの導師」なる邦題が、いつ付けられたかというのは不明です。 「グラナーダ著「信仰要義序説」を宣教師ラモンが日本語(ローマ字)にしたもの」 [ヒイデスの導師]とありますが、当時(16c末?)からそのタイトルだったかというのがわからない‥

[Table of Contents]

誰が「導師」と言っていたかは不明

 もし、当時から「ヒイデスの導師」というタイトルの書物があったとすれば、 つまり「肥前国有馬古老物語」における「導師」の語は、 当時の宣教師たちが自称して言った言葉を そのまま使ったものだろうという 可能性が出てきます。他方、もし宣教師たちの自称でなかったとすれば、 キリシタンを迫害する側の人たちが「導師」と名付けていたことになります。 そうすると、ひょっとして「導師」には 肯定的じゃないニュアンスも、実は含まれていたりする可能性が出てくるわけですけど。 どうなんですかね。

 「ヒイデスの導師」の「ヒイデス」というのはどうやら「信仰(lat:fides; en:faith,truth)」のことの ようです。「ヒイデス」というのは今風な言い方ではないですから、ということはつまり 「ヒイデス」も「導師」も戦国時代に宣教師たちの間で使われた言葉じゃないかという 気もしますし、つまり当時やっぱり 宣教師たちが「導師」と 自称していたんじゃないかという可能性が高そうな気もしてきました。

 ただ「導師」という言い方は、どうなんですかね? あまり見かけない気もしますので、ひょっとして 島原とか その周辺の地域のみで使われていた表現かもしれない、という 気もしています。そのへんはどうなんでしょうか。

 でも「宣教師」という単語からは「何だか頼まれもしないのに ムリムリにそっちの方に引っ張っていこうとする人たち」という イメージを(私は)感じてしまいますので、「導師」という単語は かなりピッタリきてるように思います (^_^)

 しかし。残念ながら guru のイメージと宣教師のイメージって合わないですけどね。 もうちょっと秘密めいた雰囲気は欲しいですから‥

[次] 聖霊の時代をひらく「導師」