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古典日本にみる外道ども

「外道」が日本においてどのように受容されてきたかを調査してみます。 すでに暴走の域に入ってしまってます (^_^;

[前] 「切支丹宗門来朝実記」(18c) (その2)

切支丹系資料(18c)にみる外道

「切支丹宗門来朝実記」(18c) 以外の切支丹系文書で見つけた 「外道」関係のメモです。

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肥前国有馬古老物語

 「肥前国有馬古老物語」(1682(天和2)年)に、南蛮人および日本人の 切支丹を「外道」と呼んでいる記述が あちこちにあります。けど、 この「外道」の意味内容がよくわからないです。とにかく切支丹を 「外道」と読んではいるものの、その切支丹どもがどんな感じで「外道」なのかを 憶測できるような情報を見つけることができません。

 禁教徒であり、仏教の敵対者だから「外道」。単にその程度の情報しか 得られない感じなのが残念です‥。

 ちなみに。 同じ「肥前国有馬古老物語」における「導師」の用例については、こちら を どうぞ。

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吉利支丹物語

 「切支丹宗門来朝実記」(18c) における、はびやん と白応居士との対決。これと同じネタの話が、 「吉利支丹物語」(1639(寛永16)年?)にもありますね。こちらは「はびあん」と、 出家まさりの素人さん(?)の「白翁居士」の対決となっています (『続々群書類従12』pp.538--541)。

 ちなみに「外道」などと関連した用例も、簡単に紹介しておくと:

  きりしたんのしうし御せいばいの事
右はじめのほどは、一もんふつう(文不通)の物どもあくまげ だう(悪魔外道)のほうを聞てまことぞとおもふものふびんの事 かなと御なふじうをたれさせ、ころびしたびに御ゆ うめんなさるる所に、 (続々群書類従 12, p.545b)
はじめの頃は、文字もよめない奴らが、悪魔外道の教えを聞いて 信じてしまったんだろう、不憫よのう と、 深い情けをかけて お許ししておられたが‥と。
いこく(異国)のゑびす きたり、まほう(魔法)をひろめ、仏神をないがしろにやぶり すて、日ほんをまかい(魔界)となさん事、なげかしいかな、 くちをしいかなと、 (p.550b) (続々群書類従 12, p.550b)
夷人来て魔法をひろめ、仏神を見下し破棄し、 日本を魔界にしようとしたこと、許せんなあ‥と。

 こちらは切支丹に対して「外道」というより「魔」「悪魔」という 単語で語っていますね。1639(寛永16)年といえば ポルトガル船入港禁止によって「鎖国」が始まった年とされていますから、 その時代の空気がそんな感じだったんでしょうね。

 夷人は、人々を「魔」にひきずりこんで 日本を乗っ取ろうとした者ども、と。 それはもう「外道」なんてもんでは済まないレベルで、 まさに「悪魔」というのが一番ピッタリするぜ、と。 そういう感じでしょうか。

 つまり「キリスト教だから外道」というよりも。 日本を乗っ取ろうとしている異国のゑびす・夷人が、邪悪な存在にしか見えないので 「外道」と呼び、その外道どもが使っている 訳わからん魔法邪術が キリスト教とかいうものらしいぜ‥と。そういう感じなんですかね。

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