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「たとえばこんなインターネット活用術」(2002/9)


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たとえばこんなインターネット活用術

あいば (OB)
September 2002






となってはもう昔の話になるけど。

 1996 年の春、 それまでは一部大学や研究所でしかアクセスすることのできなかった World Wide Web というものに、ようやく一般の人たちもアクセス できるようになりかけた頃のことかな。

 当時はまだ、あちこちの大学における、 ほとんどの「研究室ページ」というのは、 そこに所属してる学生が自発的に(勝手に)サーバを立ち上げて、 ページを作成して、というパターンがほとんどだった気がする。 まあ、上にも書いたとおり、まだ、所謂「インターネット」は ある特定な利用者層のみで支えられてるものだったわけだから、 WWW が、研究室の公式かつ非常に有力な広報チャンネルの一つに なるなんてことを 考える先生がたはまだ少なかったんだと思う。 それはたぶん学生たちの多くにとってもそうだったんだろうけど、 このインターネットという新しいコミュニケーションの チャンネルの将来性に早くから気付いていた人たちも中にはいて、 彼ら、とくに文系と呼ばれる分野に属している人たちのあいだでは、 WWW で研究室紹介ページを作ってるかどうかで 「進んでる(顔が見える、話せる)」、あるいは 「遅れてる(保守的、昔気質)」 といった評価がなされていたような気がする。今だともう WWW で研究室情報にアクセスできないところは、 「遅れている」のではなく、単純に「不便なところ」という 印象しか与えないことを考えると、今とは微妙に 皆の意識は違っていたんだろうね。 ところで、学生が自主的に研究室ページを立ち上げてという 話に戻ると、ぼくが所属することになった テキスト情報解析論研究室(当時。今の 「言語テキスト解析論」と「メディア文化論」の前身。) もそうで、サーバは当時 まだ「テキスト番長」とは呼ばれていなかったけど、 そのうちそう呼ばれることになる院生が、 サーバのインストールや、研究室紹介ページの作成まで 全部一人でやっていた。 そしてぼくも自然に その活動に加わることになったわけだ。

 さっきも述べたとおり、うちの研究室の院生たちの中では、 院生が主体的にネットワークを使って外に働きかけることを 是とする風潮が非常に強かった。 そして、そういう人たちの多くは、 ネットワークの先にはきっといるだろう、 自分たちと同じような人を探し出そうとするものだ。 その心理は、地球の人が、宇宙のどこかにあるかもしれない 未知の生命体の存在を信じ、できれば遭遇したいと 願う気持ちと似ているかもしれない。 彼らが同志を探し当てようとするとき、 自分のサイトにどこからかアクセスがあったときに残るログを 調べるという方法は非常に有効なものとして考えられていた。 これは、さっきの宇宙人の例にたとえると、 宇宙からキャッチした電波を解析することによって、 宇宙に何らかの知的生命体がいるかどうかを調べる試み (SETI)[1]と似たものがあるかもしれない。 SETI の場合は、全体が持つ情報量のなかで有意かもしれない と考えられる情報の量がほとんどないに等しいくらいなので、 宇宙人の存在を感じさせてくれそうな結果がなかなか得られないようだ。 けど、ぼくたちのサイトにアクセスする人の中には、 ぼくたちのサイトに関心を持ってアクセスする人が相当数いると 考えるのが自然だ。このへんが SETI と大きく違っている。 そしてその人たちの多くはきっと、ぼくたちが持っている関心や 問題意識と、きっと似たような関心や問題意識を持っている。 だから、彼らがぼくたちのサイトにどうやってアクセスしたかを 調べることによって、かなり簡単に、 ぼくたちが持っている興味関心に近いWWWページが発見できる 可能性が高い。 そして、ぼくたちに近い興味関心を持っている人たちのページの発見は また、さらにリンクをたどっていくうちに、 さらに新しい世界をぼくたちに示してくれることもあった。 こんな感じで、ぼくたちのサイトにきたアクセスのログをチェック しているだけで、自分たちの世界がどんどん開かれていくような 気分になれた時期だった。 とくに当時は WWW の普及率が急速に上昇していた時期だったし、 うちの研究室のサーバへのアクセス数も、 1996/4 が 59 アクセス/日だったのが、 1996/5 には 116 アクセス/日に、 さらに 1996/9 は 226 アクセス/日と、 数ヵ月でアクセス数が倍増していた(表1)。 だからアクセス統計を取るごとに、 「おお、こんなサイトがあったのか」みたいな 新しい発見が毎日のようにあったので、 ぼくたちにはアクセスログの内容は興味と発見の塊のようなものに 見えていた。


MonthDayAccessAcc/Day
1996-0428167459
1996-05313601116
1996-07314441143
1996-09306803226
1996-123114885480
1997-013125297816
1997-07311239953999
1998-053135852011565
1999-053161536419850
2000-053188396828515
2001-0128154018555006

表 1: www.vacia.is.tohoku.ac.jp アクセス数推移




http://www.ipc.chiba-u.ac.jp/~yamaga/hackers-j.html -> /~s-yamane/articles/hacker.html
http://www.matsusaka-u.ac.jp/bookstores.html -> /bookshop.html
http://www.matsusaka-u.ac.jp/~okumura/bookstores.html -> /bookshop.html
http://yindy1.aist-nara.ac.jp/~tetu-s/sofken96/index-j.html -> /~s-yamane/articles/hacker.html
http://www.excite.com/search.gw?search=sanskrit -> /member/aiba/research-e.html
図1: リンク元アクセスログ (1996年当時/イメージ)



 ぼくたちの サーバのアクセスログは図 1 みたいな感じの テキスト形式の情報として参照できるようになっていた。 このうち上の 4 つが他ページからのリンクによるアクセスで、 最後のやつが、いわゆる「サーチエンジン」と呼ばれるサイトを使った アクセスだ。 もう何度も言ってるような気がするけど、 当時は「インターネット」は一般に普及したとはいえなかった (そういや当時は「イソターネット」なる言葉も一部で 流行してましたね:D)時代だった。 でも、当時の段階ですでに WWW 上の情報は一人の人間が手作業で どうこうするには多すぎる状態だったから、 自分が知りたい情報を載せているページを探す手段として、 Goo (http://www.goo.ne.jp/) やら Altavista (http://www.altavista.com/) といった サーチエンジンが非常に重宝されるようになってきていた。 うちの研究室のサーバに来るアクセスの中でも、 無視できないほどの割合で、こんなサーチエンジン経由のアクセスは 存在していたね(無論、今もそうなんだけどね)。 こんな感じのアクセスログを眺めていたぼくは、ある日、ふと気付いた。 「サーチエンジンからのアクセス情報を見ると、 ユーザがどういう単語をキーワードにしてウチに来たかわかるじゃん」 ‥‥つまり、図 1 の最後の例だと、 誰か(さすがに、アクセスしてきた人物の特定まではできない)が、 www.excite.com を使って、 ``sanskrit'' という単語で検索をかけて、うちのサイトにアクセス したことがわかるという仕組だ。 そうすると、当然、こんなことが気になってくる。 「サーチエンジンから来る人たちは、いったいどういうキーワードを 入力してぼくのところに来たのだろうか」

 そしてそんな疑問は、すぐにこんな形に発展することになった。 「サーチエンジンから人がたくさんやってくるキーワードって、 何だろう??」

 こうして、ぼくは「単語集」というページを作りはじめることになった。 1996年の6月くらいのことだ。

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