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[前] 松島順礼三十三所(2)

瑞巌寺三十三観音

(image)
私がお詣りしたときはもう時刻が遅くて、 写真を撮るには暗すぎでした。この写真もオリジナルのものは一面黒くて 何が何だかわからないやつを、無理無理と輝度を上げた(使ってるソフトで 輝度を最大にした)ものです。

 1934(昭和9)年建立。秋田市の金照寺山三十三観音 [URL]が昭和11〜12年建立なので、ほぼ同時期ですね。 1934年といえば。その頃の日本は 1931(昭和6)年に満州事変、1933(昭和8)年に国際連盟脱退、 1937(昭和12)年に日中戦争開始、1941(昭和16)年に真珠湾攻撃‥と、 無謀な戦争の時代に突進していく そんな時代です。ですから人々のあいだには 神様仏様に対する需要は非常に高かったと思われますし、全国的に「観音様ブーム」な 状況だったようです[参考。このへん?]。 その流れに乗るかたちで建立されたんでしょうね。

 瑞巌寺(松島海岸)の山門を入ってすぐ右折する方の 参道?遊歩道?を道なりに進むと、三十三観音の前に出ます。 立札を見ると完全な「ミニ西国三十三」なんですけど、 石仏そのものには「西国三十三」との直接的な関係を示す何かを見つけることはできず、 石仏作成時点でそこまでの意識があったのかはよくわかりません。 でも観音様の種類(?)を「西国三十三」に合わせてある、ってのは そういうことなのかな?[*1]

関連URLs: [1] [2] [3]

*註1
「観光に大打撃の松島は今…「何とか一歩を」」(MSN産経ニュース 2011.3.26)[*]の ページを見ると、2011/3/11の大地震のとき 観音様のところまで津波による浸水があ‥‥ったかどうかは定かではありませんが、 いずれにせよ一部観音様が倒れてしまったようです。 (私の体感によれば地震は南北方向に、津波は東西方向に、それぞれ影響を与えたはずですので、 南に向いてる観音様が前のめり、つまり南向きに倒れているということは、おそらく 揺れのせいで倒れたんだろうと思います。) (なお瑞巌寺への浸水ですが。参道の中ほどまで浸水したみたいです。となると、少なくとも 一部観音様の土台が水に浸かった可能性はあるが足元までは水は及ばなかった、といった感じでしょうか。)
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