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[memo] 忌言葉としての「ヒロシマ」

題 [memo] 忌言葉としての「ヒロシマ」
日付 2012.4



2月に「『フクシマ』がカタカナで語られることが意味するもの」的なことが書かれた 原稿を読む機会があって、それはつまり所謂「ヒロシマ」との放射線つながり、と いう話になって。すると無論、じゃあ、なんで「ヒロシマ」はわざわざカタカナ書きに なったの? という話に向っていくんだけど。‥それを読んだ記憶が残ってたときに 出くわしたのが下の文です。「フクシマ」の文脈とは何も関係してこないだろうなとは 思うんですけど。 じつは現存する地名・都市名としての「広島」とは 別の意味をもつ「ヒロシマ」という(実在しない)地名があったというのが、 何かちょっと個人的に「おお」と思いましたので、忘れないようにメモしておきます。

 最近小口千明「忌言葉『ヒロシマへ行く』にみる他界の認識像とその変化」(『歴史 地理学紀要』二七)という興味深い論考を読んだが、これは民俗学上注目されていた 「ヒロシマへ行く」という忌言葉が、「死去する」意味に代えられて伝統的に用いられ てきたことに注目したものである。このヒロシマの語源は、本来、広々とした世界す なわち他界を意味する民俗語彙なのであった。ところが西日本で、たとえば「ヒロシ マへ煙草を買いに行く」と表現すると、あの世に出かけてしまったことと同義となる が、この場合、現実の地名である広島市の存在がクローズ・アップされてくる。そこ で瀬戸内海をへだてた四国沿岸では、商業の中心地である広島が想定されたのである。 ところが、広島は原爆被災の都市であり、ヒロシマはここに至って、広島の災禍によ る死の都としての認識が強調されたことになった。そうしたヒロシマの認識が変化し ていくプロセスを小口は克明に追っているのである。ヒロシマが「世の終り」イメー ジの原点にあたっていることは、前記松谷みよ子の収集した戦争に関わるフォークロ アの叙述の中によくうかがえるのであり、このことはアメリカの反核運動の激しさに 十分匹敵し得る現象なのであって、彼我の差はまさに民俗文化の本質とその深層に起 因するものといえるだろう。興味深い点は、伝統的なヒロシマと原爆被災の都市広島 の他界をキイワードとして接合する民俗である。「世の終り」については、西洋のキ リスト教文化圏における終末論のスケールがあり、日本の民俗文化も当然その影響を 受けているにしても、やはり非西洋的伝統の系譜を引く「世の終り」の検討があって はじめて、両者の終末論の差異を認識する作業が必要なのである。 (宮田登「あとがき」(1987/9),『終末観の民俗学』(1998).ちくま学芸文庫 pp.243--244.)

「ヒロシマへ行くこと」[*](ブログ『愛媛の伝承文化』)によれば、 「あの人は別府の湯に入りに行った」「大阪に行く」などの用例もあるようですし、 そうすると、この用例における「ヒロシマ」=「広々とした世界すなわち他界」という 解釈はどうなんだろう? とちょっと思わないこともないですが、そのへんの 詳しいところは小口さんの論考をチェックしてみないことには何も言えませんね。


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