[前] 事件のあらすじ(1) |
これが今生の別離になるとも露知らず、素朴な顔に一抹の不安を
漂はした村人だちが、三三五五秋陽の高い赤とんぼの群飛ぶ中を
小屋の前まで来ると、一人の武士がつかつかと進み出て
「只今から公儀により詮議致す故、主人一人づつ速かに小屋内に
入り取調べに応ぜよ」
といひつつ前方の菰をまくし上げ、一人づつ小屋内に入れた。
[p.5] 一方小屋の中には穴が掘られてあり、穴の傍には拔刀の武士数人かたまり、 百姓だちが一人づつ小屋内に入るや無言のまま槍で突き刺し、倒れやう とする所を後方の刀がばっさり首をはね、其穴の中に落すといふ 仕掛になってゐた。
しかし黒沢は死んでいなかった。夜中になって、なんとか帰宅した黒沢は、 ことの顛末を同僚たちに言いつけた。何を言ったかは定かではないが、 「土民の分際で武士を侮辱するとは。ぜったい許すな」となり、 協力者を得て復讐することとした。しかし黒沢を襲った、復讐すべき対象が誰なのか、 よくわからない。4カ月かかっても相手の正体がわからないことに しびれを切らした 黒沢らは「村にいる男衆を全員殺すしかない」と覚悟を決め、 事件の発端となった古川近くの低所に藁小屋を急ぎ建てた。そして 「取り調べがあるから出頭しろ」といって、村の男衆を呼び出した。 黒沢らは、集まった村人を一人ずつ藁小屋に入れた。 藁小屋の中には 穴が掘ってあり、穴の脇には刀槍をもった武士たちが立っていた。 村人が一人ずつ入るたびに 武士が槍でつき刺し、首をはね、村人が穴の中に落ちる、 そういう仕組になっていたのだ。
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