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餓鬼について

[佛説救抜焔口餓鬼陀羅尼經]に 端を発して作成している「めも」です。


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インド文学の「焔口」

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はじめに

日本人に「餓鬼」なるものの存在を知らしめた源信『往生要集』[SAT]。 この本の主な元ネタのひとつが仏典の『正法念處經 (大正721;巻17)』[SAT]ですけど。

 しかし残念なことに、この『正法念處經』で列挙される餓鬼の一覧を見ても、そこにあの 餓鬼中で最も有名なはずの焔口餓鬼は紹介されていません。あれれ?? ということで。

 んじゃあ、その「焔口」って、いったいどういう由来があるの??? ‥なんてあたり、 ちょっと棚上げにして(放置して)いたところ、 天の声(別名「タレコミ」)がッッッ!!! ‥‥ということで。 ここでちょっと「古典インド文化における『焔口』」についてちょっと紹介させていただきます。 (2016.6)

 情報をタレ込んでくださった松本さん[ブログ]に感謝します。

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焔口=ulkāmukha

まず。 古典インド文化的に「焔口」に該当するのは「ウルカームカ(ulkāmukha)」になりそうです。

 「ウルカー(ulkā)」が焔、「ムカ(mukha)」が口。合わせて「焔口」と。

 そしてこの鬼? 怪物? 霊的な何か? というのがハッキリしないんですけど、どういう存在として 描かれてるか? 日本仏教などでお馴染みの焔口餓鬼とどう関係してるのか?? ‥それらの疑問に ついては、結論から書いてしまうと、正直よくわかりません。

 以下これについて、現状までわかってることをメモ風に書いてみます。 (といっても以下の情報、ほとんど松本さんからの受け売りばっかり^^;)

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マヌ法典の焔口

まず「ウルカームカ」という名の亡霊(怪物?)は 『マヌ法典』(BC2c〜2c頃?)の最終章で言及されています。こんな感じです:

12.71 自ら[に定められた]生き方(スヴァダルマ)から逸脱したブラーフマナ は、吐いたものを食うウルカームカと呼ばれる亡霊となる。クシャトリヤは、汚物およ び屍を食うカタブータナ[と呼ばれる亡霊]となる。
12.72 自ら[に定められた]生き方(スヴァダルマ)から逸脱するヴァイシャは、 膿を食うマイトラークシャジョーティカ[と呼ばれる]亡霊となり、シュードラはチャ イラーシャカ[と呼ばれる亡霊]となる。 (渡瀬信之(1991)『マヌ法典』中公文庫, p.413)

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正しい生き方をしないバラモン(ブラーフマナ)は 死後「ウルカームカ」と呼ばれる亡霊になる、と。そいつは吐いたものを食べる、と。 ちなみに「亡霊」とされてる部分、原文では「preta(プレータ)」みたいです。

 『マヌ法典』ではウルカームカについての記述はこれだけで、 「ウルカームカ」とは何かのか、焔口餓鬼となんか関係あるのか、ないのか。‥正直 全然わからないですね。「ウルカームカ(焔口)」という名前のプレータ(餓鬼?)のくせに 「吐いたものを食う」しか語られていませんので、口から焔を出すの? 吐いたものを食うとき、 その吐いたものは燃えてしまったりしないの?? ‥まったく不明のままです。 (ちなみに仏典の焔口餓鬼には「吐いたものを食う」なんて特徴は‥見たことないです。)

 それと「ウルカームカ」などの位置づけもよくわかりません。『マヌ法典』のこの前後の文脈は、 「生前◯◯の罪を犯せば◯◯になる」的表現の繰り返しのようになってるんですけど。 いろいろ列挙された罪のなかで「ウルカームカになる」罪は重いのか軽いのかどっち? というのも 判断が難しい‥。ウルカームカの直前に語られてる以下:

12.70 [各]身分(ヴァルナ)が、窮迫時でないのに、それぞれの[身分に対し て定められた]行為(スヴァカルマン)から逸脱するときは、罪深い輪廻を巡った後、敵 の使い走りとなる。(渡瀬1991, p.413)
これと同じくらいなんでしょうか。 「自らの生き方(スヴァダルマ)」と「自らの行為(スヴァカルマン)」の違いも正直よく わかりませんよね。いや、「生き方」と「行為」が概念的に違うのはわかりますけど、 「生き方の逸脱」は「決められた行為の逸脱」と実際は違わないのでは? とか 思うとちょっとねー。なにが違うのかわかります?? (私は違いがわからないです。) しかも行為をはずれた報いが「敵の使い走り」だからなー。なんかこれも微妙ですよね。 よくわからない。

 ただ言えることがあるとすれば。『マヌ法典』が成立するとき、その成立を担った 人たちの間で、ひょっとして「ウルカームカ」という亡霊(プレータ)は常識レベルのもので、 それゆえ『マヌ』の中でわざわざウルカームカについて解説する必要がなかったのでは?‥という 解釈もできるかもしれない、程度でしょうか。

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カターサリットサーガラの焔口

『カターサリットサーガラ』にも「ウルカームカ」が言及されているようです。 ただ残念ながらこの部分、和訳などがないため私も現状タレコミ情報しか頼るものがない んですけど、でも紹介させていただきます。 (松本さん[ブログ]、ありがとうございます!)

とりあえずこれを使えと渡され、当時購入したのはClay Sanskrit Libraryの「The Ocean of the Rivers of Story (volume one of seven)」
http://www.claysanskritlibrary.org/volume-v-30.html
です。英訳付きですね。
こちらですと、p.460(KSSの3.4.69)から始まるストーリーの中で、
主人公(Vidūṣaka)が火葬場に行く場面があり(KSS.3.4.145)

praviveśa ca tad vīro nijaṃ karmeva bhīṣaṇam
cintitopasthitāgneya kṛpāṇaika parigrahaḥ// (3.4.146)

ḍākinīnāda saṃvṛddha gṛdhravāyasavāśite
ulkāmukha mukholkāgni visphāritacitānale// (3.4.147)

とあります。
ウルカームッカ鬼の口の炎で薪の炎がさらに拡大した(様な場所)という墓場の描写ですね。 (松本さん,私信,2016/6)

ウルカームカと言及されている箇所は以下です:

.daakiniinaada sa.mv.rddha g.rdhravaayasavaa^site
ulkaamukha mukholkaagni visphaaritacitaanale//
(KSS 3.4.147)
[大雑把訳] ダキニらの 叫びの声が 高まりて 貪欲カラス 鳴きわめく場所
口から火 ウルカームカは 吹きあげて 薪に藁に 燃え広がる場所//3.4.147//

 残念ながら、ここでのウルカームカも作品の中に直接登場してくる訳ではなく、 おぞましい墓場(火葬場)を形容する描写の中に「ウルカームカの口焔がもっと燃え上がってる場所」 という感じで名前が出てくる、とその程度のようです (そしてこちらはプレータかどうか不明)。

 それゆえ、ここでのウルカームカもやっぱり よくわからん、というのが正直なところですけど。 これ、さらに上の『マヌ法典』に出てきたウルカームカと同じ種類のものかどうかも 正直何とも言えないですよね。こっちのウルカームカは「吐いたものを食う」なんてのは全く 語られず、自分の名前に基づく性質、つまり「口から焔吹く」ことしか語られてませんから。 んー。「口から火を吹いて、いかにも火葬場に常駐してそうな感じ、というかきっと 火葬場に常駐している亡霊(らしきもの)」という感じなんでしょうか。

 ここで出てくるウルカームカは「口から火」がハッキリ言われてる点、『マヌ法典』よりも 「仏説盂蘭盆経」の目連母、 また「餓鬼陀羅尼経」の焔口餓鬼にかなり近い感じはするんですけど。 ものを食べるとどうなるか? といったあたり、 何も書かれてないので何とも言えないのがちょっとアレですね。歯がゆい感じ。

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