「鬼」::唐代中国(8世紀?)
[Table of Contents]トラジマの鬼は「丑寅(艮)」から
加地氏2011によれば、赤鬼とかの「鬼」の絵の起源は以下のようです:
伝説に依れば、唐代の画聖といわれた呉道玄が、玄宗皇帝に求められて初めて
描いたという。 (加地2011,p.58)
このとき鬼は北東の方向に多くいるという説に基づき、北東は丑寅(うしとら)の方向、だから
ウシとトラの特徴を取り込む形で鬼の姿を描いた、それが「鬼」の原形だ、ということです。
‥‥ただ。私がちょっと気になったことがあって。いつだか博物館で見た新知恩院の六道絵
(南宋時代?)の「阿修羅道」とされる絵に描かれた人物たちが、なんかまるで
赤鬼さんとか青鬼さんのように見えたんですよ。じつは「鬼」のイメージには、
「阿修羅」に関するイメージが重なっていたりするんでしょうか。‥‥というのが気になって、
ちょっと調べてみましたけど、私のその推理はいまいち空振りだったみたいです。
中国における阿修羅像について、こんな感じに書いてあるのを見かけました:
水陸画、例えば『水陸道場図』をみるならば、阿修羅を護法神的に扱っていることが
分かる‥(略)‥。こうした配置は宝寧寺本においても同様で、「大阿修羅王諸神衆」幅は
「天曹府君天曹掌禄主算判官諸司判官等衆」幅に続き治天の神々と関係付けられ、
地獄・餓鬼などの六道的主題とは切り離して扱われる。新知恩院本の阿修羅もそのような
文脈から描かれたものではなかったろうか
(鷹巣純(1999)「新知恩院本六道絵の主題について ---水陸画としての可能性---」『密教図像18』,p.73b.)
‥‥んー、赤鬼青鬼というより護法神的か‥。護法神というのも、
いまいち良くわからないんですけど。でも鬼というのとは違うらしい、というのは
わかります。
[Table of Contents]鬼は魑魅魍魎一般のこと
別の本によれば、中国の「鬼」はもっと広い概念だったという感じのことが書かれていました。曰:
中国語の「鬼」は人鬼すなわち死者の亡霊を意味するほかに、妖怪変化・夜叉羅刹つまり化け物を
も意味し、さらには低級な山野の精霊まで含めていう。デーモンもスピリットもともに鬼である。た
とえば流行病を運ぶものは疫鬼であり、疱瘡をはやらせるものは瘟鬼である。これらの悪鬼精霊は、
陰湿の場所とくに水に近いところに棲むと考えられた。
(澤田瑞穂(1991)『修訂 地獄変 --中国の冥界説』平河出版社., p.126.)
これまで「鬼」としていたものは、ここでは「人鬼」とされています。
そのうえで、ここでは中国における「鬼」は「人鬼」だけに限られたものじゃなく、
人鬼を含む「この世ならぬもの」全般が含まれるものだ、ということが書かれています。