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盂蘭盆経について

佛説盂蘭盆經 (大正0685) に関する「めも」です。


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語源「うらんばな」説

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「うらぼん」は「うらんばな」

「盂蘭盆」という語はサンスクリットの ullambana という語からの音写、というのが 一般的な解釈のようです。これは中国(唐初)の玄応『一切経音義』[SAT]に 書かれている解釈で、こんな感じに書いてます:

盂蘭盆 此言訛也正言烏藍婆拏此譯云倒懸案西國法 至於衆僧自恣之日云先亡有罪家復絶嗣亦無 人饗祭則於鬼趣之中受倒懸之苦佛令於三寶田中倶具 奉施佛僧祐資彼先亡以救先云倒懸飢餓之苦舊云盂蘭 盆是貯食之器 者此言誤也 (一切経音義(大正2128) ; pp.v54:535b9--535b12 [SAT])
[大雑把訳] 盂蘭盆。「烏藍婆拏」が訛ったもの。訳すと「倒懸」。西国では 「衆僧自恣之日」に、後継者がないなどで祖霊祭をやってもらえない亡者が 「倒懸飢餓之苦」を受けるとのこと。 そこで仏が、仏僧へ供養することによる救済を命じられたのだ。 「盂蘭盆は食器」との古来の説は誤り。

 つまり「盂蘭盆」(うらぼん) とは、「烏藍婆拏」(うらんばな) が訛ったものだろう、という 解釈です。でも、じゃあ「うらんばな」って何? という話になると。それは 「倒懸」なんだそうです。何それ? という感じなのですが、これはつまり「頭を下にして ぶら下がっている」状態で、仏教以外のインドの書物にそういうのがある、と玄応は言ってます

 これに基づき『荻原雲来文集』に「正しい梵語ならばavalambanaで、俗語形は ullambana」と 書かれたことが、現行の一般的な解釈の典拠になっているようです (岩本裕(1979)『仏教説話研究4地獄めぐりの文学』開明書院 (これは 岩本裕(1968)「目連伝説と盂蘭盆」京都法蔵館. の増広版のようです)., p.226)。

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頭を下にして ぶら下がっている?!

『うらぼん』とは、つまり『頭を下にして ぶら下がっている状態』だ‥‥ んー。正直、私にはちょっとピンと来ない説明ではあります。なのでとりあえず、 玄応が言うところの「仏教以外のインドの書物」にはどんな感じのことが 書かれているのか。それをちょっと見てみましょう。

 いろいろ調べると、あの有名な『マハーバーラタ』(1巻13章)の中に、 「倒懸」と関連した記述があるようです。これをちょっと見てみましょう。 物語中に、ジャラトカールという名前の大苦行者の話が出てくるのですが、 そのジャラトカールが遊行している際の出来事です。ジャラトカールは‥

自分の先祖たちを見た。 彼らは大きな洞穴の中で、足を上に、顔を下にしてぶらさがっていた。ジャラトカールは、 先祖たちを見てすぐにたずねた。「この洞穴で、顔を下にしてぶらさがっているあなた方は いったい誰ですか。あなた方は、この洞穴に隠れて住みついている鼠によって いたるところ食い尽くされたヴィーラナ草の束に結びついていますが。」祖霊たちは言った。 ‥(略)‥「我々には、ジャラトカールというただ一人の子孫がいるが、不幸なことに、 その哀れな男は苦行にのみ専念している。その愚か者は、息子を生むために妻を求めない。 それ故、後継者が絶えてしまうので、我々はこの洞穴でぶらさがっているのである。 身寄りに見捨てられて、まるで罪人のように」 (上村勝彦訳(2002)『原典訳マハーバーラタ 1』ちくま学芸文庫. p.137; p.203にも) (原典は見てません^^;)
すげえ。祖霊たちは、まさに文字どおりに「頭を下にしてぶらさがっている」んですね。

 そして彼らは、何ゆえに頭を下にしてぶら下がっているのか。これは玄応もすでに 「先亡有罪家復絶嗣亦無人饗祭則於鬼趣之中受倒懸之苦」と指摘していることでは ありますけど。祖霊たちは、子孫が絶えそうで 一族が滅亡の危機だから 「顔を下にしてぶら下がっている」、まるで罪人のように。‥と言っています。

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出典が見当たらないが‥

しかし、この「盂蘭盆=うらんばな」説は、かなり根拠に乏しいみたいです。 その理由として、まず、実際のサンスクリット文中において この ullambana という語が使われているのを見た、という人が誰もいない点が 挙げられてます。岩本1979 も「筆者の知るかぎり、今日に知られる文献の いかなるものにも跡づけることはできない」(p.226)と書いていますが、 個人的には、岩本氏が「見たことない」と言うんであれば もう完全にアウトだろうと思います。

 また『マハーバーラタ』の「倒懸」は、子孫が絶えるから、 だから先祖たちは罪人のような苦しみを味わっている‥という文脈でしたけど。 『盂蘭盆経』の記述のどこを見ても「子孫が絶えることによる苦しみ」なんて話とは 全然結びつきそうにないですよね。 その点からも「盂蘭盆=うらんばな説って、本当かよ?」という疑いが深まります。 (岩本1979, p.226)。

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