[前] うぱが との であい |
バラナシに到着なさった世尊は、 さっそくムリガ・ダーヴァにお姿をあらわされます。 そこで修業していた五人のビクたちは、 世尊のお姿を遠くに見つけました。さっそく五人は相談します。
「おい、あれはガウタマの野郎じゃねーか」そういっている間にも、世尊はどんどん五人に近づいてこられます。 世尊がお近づきになるにつれて、五人は、世尊が昔の世尊とは ちがっておられることに気がつきはじめます。
「あ。... 本当だ。あいつ... あいかわらずチャラチャラした格好して やがるぜ」
「どーする?こっちに向かってくるぜ」
「シカトしよーぜ」
「おうおう、それがいい。あんなヤツと、かかわりあうだけ時間のムダ だからなー」
「よーし。誰もアイツと喋っちゃダメだぜ」
「わかったプー」
「おお。なんだ、この威圧感は」そして、ついに五人は先ほどの約束を忘れてしまったように、 急いで世尊のもとに走りよります。 世尊は、彼らのその様子をご覧になられ、このようにお考えをめぐらされ ました。
「な、なんて、すがすがしい表情をしているんだ」
「昔のヤツとは、なんか、ちがうぞ」
「ううむ、あいかわらずバカなやつらだ。 さっきしたばかりの約束すら守れないとは... でもまあ、正直で、かつ他人を見る目があることだけは確かなようだな」世尊の前にやってきた五人は、口々に世尊に話しかけました。
「おいガウタマ、おまえ、ちゃんと修業してんのか?顔色が良すぎるぞ」彼らの問いに対して、世尊は答えられました。
「おいガウタマ、なんで、そんないい服着てるんだよ。おまえ出家してんだろ」
「おいガウタマ、おまえ全身にオイルを塗ってるな。とうとう気でも狂ったか」
「おいガウタマ、ちょっと金かせ。貸さないと殴るぞ」
「おまえたち。この私の表情を見て、何も感じないのか。 私の表情が昔とは全く違っていることに、 おまえたちは既に気付いているはずだ」この世尊のお言葉に、しばらく五人は声もなく世尊のお姿を見つめていました。 やがて、ひとりが、おそるおそる世尊に尋ねます。
「むむむ」
「おまえたちは私の表情が以前とあまりに違っているから、 私がいろいろ着飾っているように思ったのかもしれないが、 よく見てみろ、服装は昔とたいして変わっていないぞ」
「... ガウタマさま、いったい何があったのですか」こうして世尊は、五人のビクたちの説得に成功なさいました。
「ふはははは。ようやく気付いたか、バカどもめが。 私はついに、真実をさとったのだ」
「ええ!」
「いいか、よく聞けよ。 愛欲と苦行、これらふたつは『極端』な行為といってよいが、 これらの行為は百害あって一利なし。よってこれらの極端をはなれた道、 すなわち『中道』を進まねば、真理への到達はおぼつかない」
「へえ」
「具体的には『八正道』をおこなうべし、と私は考えた」
「ガウタマさま、その『八正道』とは何なんですか?」
「詳しいことは、そのへんの入門書に書かれているから、それを参照にすると よいだろう」
五人への説得に成功された世尊は、くる日もくる日も、ご自身が到達なされた 真理について五人に熱心にご説明なさいました。
「私は『苦しみそのもの』『苦しみの発生する原因』と、 『苦しみをなくした状態』『苦しみをなくすための道』があることに 気付いた。 つぎに私は『苦しみそのもの』『苦しみの発生する原因』と、 『苦しみをなくした状態』『苦しみをなくすための道』について熟知すべき、 ということに気付いた。 そして私は『苦しみそのもの』『苦しみの発生する原因』と、 『苦しみをなくした状態』『苦しみをなくすための道』について熟知した、 ということを知った」こうして世尊が熱心にご説明なさっているとき、 五人のうちのひとりカウンディニヤが突然「ああ」と声をあげました。
「ガウタマさま、なんかマジですね。ちょっと、つまんないス」
「私は、これらの真理について自分が熟知したことを知ったとき、はじめて 自分が解脱したことを感じたのだ。 その状態に至るまでは一度も『私はさとった』と言ったことはないし、 今こうして自分が『私はさとった』と言うのは、こうした理由があって 言っているのだ。決してキチガ○になってしまった訳ではない」
「ガウタマさま、やけにキ○ガイにこだわりますね」
「じつは、ここにくる途中で... いや、いい」
「世尊。わかりました!」世尊の「カウンディニヤが、ついに理解してくれたぞ」という お言葉は、世界じゅうに響き渡りました。 このお声を聞いた神々、ヤクシャたちは、くちぐちに 「ついに法輪の転ぜられる時がやってきたのか」 という声をあげました。 ついに、そのときがやってきたのです!
「カ、カウンディニヤ。わかってくれたのか」
「はい、世尊。バッチリです」
「そ、そうか。 カウンディニヤが、ついに理解してくれたぞ。 ついに理解者が現れてくれたか。よしよし。 これから君のホーリーネーム、もとい、呼び名は『アージュニャータ・ カウンディニヤ(さとったカウンディニヤ)』にしよう」
「世尊、そんな、おおげさな。ちょっと照れます」
「いやいや。カウンディニヤが複数あらわれた場合、後代に人物が 混同されてしまう恐れがあるからな。名前は長い方がよいのだ」
「へ?何を仰せなのか、よくわかりませんが」
さらに世尊はご説明を続けられます。
「『苦しみそのもの』とは、要するに『五つのカタマリ』のことだ。 『苦しみの発生する原因』の根源にあるのは『渇愛』だ。 『苦しみをなくした状態』は『渇愛』をなくした状態のことだ。 『苦しみをなくすための道』は例の『八正道』だ」このときカウンディニヤは完全に真理に到達して解脱しました。 これで解脱者は世尊と合わせて二人となったのです。
「『色』は自分の意のままになってくれない。そういうものは『無我』なのだ。 同様に『受』『想』『行』『識』も『無我』といえる。 そのように自分の意のままにならぬものを『自分自身である』 『自分のものである』と考えてしまってよいのか」世尊がこうした説明をなさっているあいだに、 残りの四人も真理を体得して解脱しました。 これで解脱者は世尊と合わせて六人となったのです。
「いいえ」
「そのことに気付いたとき、わたしは真理に到達したのだ」
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