[かんのんさま::メモ]

かんのんさまは南に西に

[梵文法華経/24:かんのんさまの章] に関する「めも」です。

[前] 観無量寿経

[註]かんのんさまは西に

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浄土の描写

松本は、「佛説阿彌陀經」[SAT]と「佛説彌勒大成佛經」[SAT]における「浄土」の記述内容の比較を行っています。その結果:

斯くの如く阿弥陀浄土と弥勒浄土とを両々相対照し考ふれば、其文句に於て将た其内容に於 て多少の異同あるは疑を容れないが、併し一項より六項に至る仏国土荘厳の状態に至つては、 大体に於て秋毫相異ならぬといつて差支ない。元来阿弥陀経の仏国土荘厳の記事の大善見王 経に本ずき、而して大善見王経の浄土の、従来印度に於ける理想国天界の思想に依つたもの であることは、拙著「極楽浄土論」(六六頁[本書二七六頁]以下)に於て既に論じ置いたか ら、今更めて論じないが、弥勒浄土も亦之と同じである。で阿弥陀経にも我今阿弥陀仏の不 可思議功徳を讃美するが如く、東西南北上下四維の仏国土も亦之と同じであるとある。依つ て思ふに印度浄土の思想は仏教であつても婆羅門教であつても、皆是れ同一根源から起つた ものに相違ない。従つて何れの仏国土といつても、其荘厳の状態や不可思議功徳は同一であ るのであらう。して見れば弥勒浄土といつても、阿弥陀浄土といつても、其浄土に於ては何 等の差別もなければ優劣もない、即ち之によつて信者が其向背を決することもない筈である。 (松本文三郎(1911)『弥勒浄土論』(『弥勒浄土論・極楽浄土論』平凡社(東洋文庫),2006. pp.171--172.))
つまり、(仏教以外のものも含む)他の浄土的なものと比較して 特別な何かがある訳ではない、由来も他の浄土的なものと共通、という感じみたいです。 これは松本(1904)「極楽浄土論」(東洋文庫,2006. pp.276--282.) でも、 阿弥陀経と大善見王経の比較を通じて同様のことが述べられています。(‥との旨は、 上記引用の中ですでに本人が言及してますね。)

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極楽浄土のネタ元

極楽浄土のネタ元について。岩本1979は以下のように解説しています:

極楽思想の淵源はヒンドゥー教における楽園思想にある。しかも、それは本源的には 砂漠のオアシスの象徴であったことが知られ、ユダヤ教やキリスト教における「エデンの園」と 同じ宗教観に基づくものである。極楽思想が西暦2世紀ごろ西北インド方面で興ったという 歴史的事実を考えあわせると、極楽(スカーヴァティー)とはエデン--元来「快楽」を意味する-- の訳語ないしはその名にヒントを得た構成であると思われる。 (岩本1979,p.303)
極楽浄土のネタ元が「エデン」というのは面白いですね。でも、だからといって 極楽浄土とエデンが同じものを指していて‥なんて始めてしまいますと トンデモに堕ちてしまう虞が出てきますので、気をつけましょう。

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