[仏説地蔵菩薩発心因縁十王経 (発心因縁十王経、地蔵十王経)]

地蔵十王経について

成都府大聖慈恩寺沙門蔵川述
『仏説地蔵菩薩発心因縁十王経』(12世紀?)
(発心因縁十王経、地蔵十王経)

に関する「めも」です。


[前] 本地の仏菩薩たち

十王から十三仏へ

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やっぱ王より仏菩薩

当初「十王経」において非常に重要な役割を担っていたのは やはり、十王たちで間違いないと思います。だって「十王経」の メインテーマが「人の死後、そして王たち」のはずですし、 そもそもタイトルが「十王経」ですからね。

 しかし。経緯は不明ながら、冥途の世界の十王のそれぞれに「本地」として(有名な)仏菩薩が 割り当てられることになります。 それにより 人々の関心は十王自身よりも、その本地とされた仏菩薩に移っていったのではないでしょうか。 やっぱり本地がつくと 人々は「十王よりも、結局は本地の仏菩薩でしょ」となり、 自他の冥途での救済を願って 十王たちの 本地とされた不動明王、釈迦如来、文殊菩薩、普賢菩薩、地蔵菩薩などを一所懸命拝むようになる。 ‥そんな感じに信仰と興味の対象が変わっていくのが自然ですよね。そして、 そこまできてようやく「十王」信仰も完璧な仏教信仰の仲間入りを果たした、そういう感じでしょうか。


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十三仏の構成

こんな感じで、本来は「十王経」の主役のはずだった十王はどうでもよくて、 結局は本地である十人の仏菩薩たちが大事になっていくという流れは、 「十三仏」という信仰となるに至ってほぼ決定的になったんではないでしょうか。 「十三仏」[Wikipedia]と いうのは、要するに、十王の本地である十人の仏菩薩にさらに 三人の仏菩薩を足して十三人にしたものです。一般的な「十王信仰」における十王の本地仏菩薩:

01:不動明王 / 02:釈迦如来 / 03:文殊菩薩 / 04:普賢菩薩 / 05:地蔵菩薩 / 06:弥勒菩薩 / 07:薬師如来 / 08:観音菩薩 / 09:勢至菩薩 / 10:阿弥陀如来
(「地蔵十王経」では9番目は阿閦如来でしたけど、08〜10を 08:観音, 10:阿弥陀, 09:勢至 の「阿弥陀三尊」にする 『私聚百因縁集』的なパターンのほうが一般的みたいです) これにさらに以下の三仏菩薩:
11:阿閦如来 / 12:大日如来 / 13:虚空蔵菩薩
これらの仏菩薩を追加したものです。 望月仏教大辞典(1909)には「室町時代より世に行はれ」(p.2217b)とありますし、十三仏の最初期は以下:
最初期の十三仏は、十王の本地仏に大日を三体 加えたものであり、それが大日二尊に虚空蔵を加えたものや 大日二尊に阿閦を加えたものへと変化し、さらに現在の十三 仏となったと考えられている。 (清水邦彦(2002)「『地蔵十王経』考」 (印仏研51-1, p.192))
当初は「十王の本地仏 + 大日・大日・大日」で十三仏‥‥。と、 このような変遷があった模様で、どうやら大日如来をどうしても年忌供養の忌日仏に加えたい 真言宗系の強い意向があったのでは? と想像されるみたいです。

 んで、この「十三仏」信仰について私が非常に強く感じるのは、上でも書きましたが、 これが完全に「十三仏」に対する信仰になっていることです。

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十王は、忘れられた

‥ 何を言いたいかというと。十三仏は、あくまで冥途の「十王プラス三人の王」の本地という位置付けでは あるのですけど。この「十三人の王たち」が「十王」よりもさらに存在感が希薄になっている気がするんですよね。

 どれくらい希薄になっているかは、「十三仏」などでGoogleなどで検索をかけてみるとわかります。

 十三仏さまは、私達の身近に居られる仏さまのうちでも最も身近な仏さまです。
十三仏さまは、亡くなられた方の中陰や年忌法要を勤めるときに、その守護仏となり故人を更なる成仏へと導き、お守りくださっています。 (京の十三仏霊場めぐり [URL])
「地蔵十王経」では とって付けたような感じにすぎず、単に名前だけ言及されていた「十王の本地」が、いつのまにか 主役に昇格して「守護仏」的なご存在に落ち着いています。 そして「十王」は完全に無視される(たとえば以下: [1] [2] [3]など) か、あるいは「十三仏」の由来として簡単に一覧にされて紹介される程度です。 もとからほとんど存在感のない十王が、 本当に単なる名前のリストだけになってしまった感じですね。

‥‥あれ? 十三仏だから、それに対応するのは 十王じゃなくて十三王じゃないの? と思ってしまいますけど、 そんなのも気にならないほど十王の存在は薄いんですよね。

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十三王、最後の三人はやはり微妙

 ちなみに。「十三王」の名前を列挙しているあちこちのページを見て気づいたんですけど。 十王の名前についてはとにかく、後で追加された残りの三人の王たちについては、 名前が統一されていない気がします。たとえば:

蓮上王 / 抜苦王 / 慈恩王 (鎌倉十三仏とは [URL])
そしてこれは、Wikipedia が紹介する以下の三王:
蓮華王 / 祇園王 / 法界王 (Wikipedia: 十三王 [URL])
これと合っていません。本地仏菩薩の名前はピタリ一致するのに‥ (個人的に、たぶん「慈恩王」と「祇園王」はどちらがオリジナルかは不明ながら、 もとは一緒だろうなと思います。音が「じおん」「ぎおん」と近いですし‥)。 これ以外にも 「死後の十三仏と王」 [URL]では「華花王、祇園王、法界王」(これは花と華が違うだけでWikipediaと一緒か)、 「極楽へのインストラクター十三仏」 [URL]では「蓮華王、慈恩王、祇園王」‥あれ? 慈恩王と祇園王が両方きてる!(^o^;

 とにかく、この見事なまでのバラバラっぷりを見るにつれても、 人々における「十三王」のどうでも良さがよくわかってしまいます。 ( 「十王(十三王)と十三仏」[URL] は上記を「A説、B説、C説」のように併記しています。 ということは基本、この3説のみなんでしょうか。そのへんは現状ではよくわかりません。)

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小結

私個人の感想としては。十王のことが完全に忘れられたように書かれている「十三仏」の一覧、とくに 「十三佛の仏さまとは?」 [URL] のようなページを見てますと、つい、 「(十王信仰も) 成長したなー」としみじみ感動してしまいます。 十王のそれぞれに割り振られた本地の仏菩薩、そのキャラを基にして、 人の死後に対する それぞれの本地仏の役割についての物語ができあがっています。すごいですね。 やはり日本は昔から とにかくキャラが大好き、そんな文化だったんですね。

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