[仏説地蔵菩薩発心因縁十王経 (発心因縁十王経、地蔵十王経)]

地蔵十王経について

成都府大聖慈恩寺沙門蔵川述
『仏説地蔵菩薩発心因縁十王経』(12世紀?)
(発心因縁十王経、地蔵十王経)

に関する「めも」です。


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閻魔王いろいろ

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初期仏教における閻魔王

初期インド仏教経典のひとつ 『長阿含経』(大正1)。 これに含まれる 「世記経」の、さらに 「地獄品」の中に閻魔王が出てきます。

 ここで述べられる閻魔王について、後代における記述とはちょっと違う描写が あるみたいですのでそれを紹介します:

使者をこの世に送って冥界に呼びよせる最高の権力者に違いはな い。ところが、獄卒を使役して罪人を苦しめるその当人も堕獄の罪人に似た苦に悩まされる というのは異様である。日に三度、王は眼前に現われた大銅鑊の苦を受ける。宮殿内にいよ うと、宮殿外であろうと、この鑊が現われた時は、王も逃れるすべをもたない。獄卒は王を 捉えて熱鉄の上に臥せさせ、鉄の鉤で口をこじあけ、どろどろに熱くとけた銅を口にそそ ぐ。口を焼き咽から腸まで焼けただれないところはない。しかしすっかり焼けただれてしま った後は、元の姿にかえって、宮殿内の女官たちと遊びたわむれることができる、とする。 (石田瑞麿(2013)『日本人と地獄』講談社学術文庫, pp.28--29) (『長阿含經』(大正1)「世記經・地獄品」の対応箇所)
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ええと、人は死後に地獄に落ちて、そこで閻魔王のもとに連れて行かれるみたいです。 そこで老・病・死という三人の使者たちとともに罪を問いつめ「おまえが自分でした悪を、 これから自分で受けなさい」と述べたのち、獄卒たちが死者を大地獄に連れて行く、と。 そんな基本設定になっているようですけど。

 その設定だけ見ると、まあ、我々が知っている「閻魔様」と同じ感じかなー、とも 思うんですけど。しかし閻魔様も王である以上にまず地獄の住人でありますから、 一般の地獄民同様、「地獄苦」からは逃れられないようです。一日に三度、熱鉄の上に横にさせられ、 口中に溶けた銅を流し込まれて咽から腸まで焼かれる、と。‥こんな設定も 初期はあったんですね。何かちょっと親近感を感じる‥‥ほどでもないか。

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チベット(14c)におけるヤマ王

「チベットの死者の書(バルドゥ・トェ・ドル)」に、 ヤマ王(閻魔王)のことが書いてありましたのでメモしておきます: (本経はパドマサムバヴァ(8c)が作成したとの伝説をもつ「テルマ(埋蔵経典)」ですけど、 これをリクジン・カルマリンパが「発掘」したとされるのがたぶん14世紀 (川崎1993, p.206))

 このように祈願することもなく、マハームドラーの瞑想を知らずに、また守り本尊を 心に念じつづけることも汝が行なわないならば、汝と一緒に生まれた善神によって汝が 生前に行なった善い行ないの数々がすべて集められ、白い小石で数え上げられるであろ う。汝と一緒に生まれたピシャーチャ鬼によって汝が生前に行なった悪い行ないの数々 がすべて集められ、黒い小石で数え上げられるであろう。
 この時に、汝が非常に驚き、恐れおののき震えて、《私は悪いことはしていません》 と、嘘をついたとする。それに対してヤマ王は《ではお前のカルマンを映写する鏡(業 鏡)を見てみよう》と言って鏡を見る。汝の生前に行なった善い行ないと悪い行ないの すべてが鏡の面に輝いてはっきりと映し出されるので、汝が嘘をついても無駄である。 ヤマ王は汝の首に縄索をつけて、汝を引きずり出し、首を切り、心臓を食らい、はらわ たを引き出し、脳みそをなめ、血をすすり、肉を食べ、骨をしゃぶる。汝はそれでも死 ぬことができない。身体が切れ切れに切り刻まれても、また蘇生してしまう。何度も何 度も切り刻まれて、大変な苦しみを味わうであろう。
 この白い小石が数えられている時にも汝は恐れてはならない。おののいてはならない。 嘘をついてはならない。ヤマ王におびえてはならない。汝は意識からできている身体で あるので、殺され切り刻まれても、死ぬことはないのである。本当のところ、汝は空そ れ自体が姿をとったものなのであるから、なにも恐れることはないのである。ヤマ王た ちは汝の思いが化して現われたものである。空なるものの姿にほかならない。‥(略)‥ 性質をもたないものが性質をもたな いものを傷つけることはできないのである。 (川崎信定訳(1993)『原典訳チベットの死者の書』ちくま学芸文庫, pp.118--119)
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死後、ヤマ王の前に立たされたとき。まず「汝と一緒に生まれた善神」が生前の善行を 白石で数え、「汝と一緒に生まれたピシャーチャ鬼」が悪行を黒石で数える。 ヤマ王は「お前のカルマン(業)を映写する鏡」を見る。‥ここまでは中国や日本の 「閻魔王の裁き」とだいたい同じですね。これ、インドから来た設定なのか、 中国から来た設定なのか、いまいちよくわかりません。

 しかしその後は展開がちょっと違ってます。ヤマ王は「首を切り、心臓を食らい、 はらわたを引き出し、脳みそをなめ、血をすすり、肉を食べ、骨をしゃぶる」‥ なんて刑罰を、ヤマ王が直接我々に執行されるように書かれてます。うわ。 ただその後「汝はそれでも死ぬことができない」とあることから、 たぶんこれはチベットの特殊性というよりは、中国や日本では 「地獄に堕ちてから課せられる刑罰」になっているものを、 チベットでは伝承が混乱したか何かで「地獄の刑罰を加える悪業」が擬人化してしまって それが閻魔王に乗っかってしまったとか、そんな感じなんでしょうか。

 そして最後に「ヤマ王たちは汝の思いが化して現れたものである。空なるものの姿に ほかならない」‥そこでその唯識オチか(苦笑)。だったら言うなよ! という感じではありますけど。 たぶんこれ「一般には死後とヤマ王のことがそんな感じで語られてるが、真実はそうでない、 おまえの心の持ちようなのだ」ということなんでしょうね。通説の否定、啓蒙、と。

 ただ逆に言うと、チベットでも「ヤマ王の裁き」伝説はしっかり根を下ろしていたことは 確かみたいですね。また、ここでは「十王」はまったく出てきてないのと、さらに話は 七七日、つまり49日までで終わってる感じになってます。さらに他の箇所を見ると‥

このようなバルドゥに一週間、あるいは二週間、 ‥(略)‥ あるいは七週間と、四 十九日に至るまで、汝は留まることになるであろう。<シパ・バルドゥ(再生へ向かう迷 いの状態の中有)>においての苦しみは、二十一日間続くのが一番多いといわれている。 (川崎1993, p.113)
このようにあり、つまり死後のあやふやな状態(中有?)はチベットでは最長49日、しかし 普通は21日とされてるみたいです。 そうするとつまり「十王」のうち 49日以降に出てくることになっている 8番目以降の3人の王たちが出現(幻出?)する余地はまったくなくなってしまいそうです。 つまりチベットには十王は入らなかったということなのかな?

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現代インドにおけるヤマ王

現代、20世紀インドのヒンドゥー教における死後世界についての話を見つけましたので、 ちょっとメモしておきます。

臨終の人は、足を南に向けて寝かされる。南の方角は、閻魔天の国があるとされていて、人々はふ つう寝る時この方向を避けるからである。ブラーフマンの僧侶が死者の最期の布施を得るために呼ば れる。その布施は、理想的には雌牛で、死者の霊魂が天界への旅を続けられるかが試される恐ろしい川 ヴァイタルニー(Vaitarṇī)を渡るのに助けてくれる。 (橋本泰元(2000)「ヒンドゥー教における葬儀と霊魂観(上) --最期の供儀--」『死後の世界』東洋書林, p.62)
聖職者は、明らかに次のような観念を持っている。霊魂が肉体を離脱するとすぐに、閻魔の死者(yamadūta) が霊魂の首に索をつけて閻魔の法廷に引きたてて行く。そこで使者たちは、地上界に戻るまで待ちう けているさまざまな地獄の責めを霊魂に見せる。 (橋本2000,p.63)
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個人的にまだちょっと調査不足なところがあって、それゆえインドにおける 死後世界がどんな感じになってたか、というのがよくわからない点がアレなんですけど。

 でも追善供養の雌牛とか、川を渡るとか、閻魔の法廷とか、地獄の責めとか、 大枠での共通点はあるみたいですね。しかし「十王」はさすがにない、かな‥

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