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古典日本にみる外道ども

「外道」が日本においてどのように受容されてきたかを調査してみます。 すでに暴走の域に入ってしまってます (^_^;

[前] 『日本霊異記』(9c) (その2)

『狭衣物語』(11c)

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Text Information

まずは書誌情報を広辞苑から。

さごろもものがたり【狭衣物語】

物語。四巻。作者を紫式部の女(むすめ)大弐(だいに)三位とする説は捨てられ、 六条斎院〔バイ〕子(ばいし)内親王宣旨とされる。平安中期、延久・承保の頃 成るか。狭衣大将と源氏宮とが主人公。

この本の第2巻にあった。 ただこの【狭衣物語】、残念なことに ( [日本文学等テキストファイル | 電子化テキストのリスト ] を見ても見当たらなかったので、オンライン版はなさそう。 そこで川内の図書館でその本を借りてきた。書誌情報はこんな感じ:

鈴木一雄 校注,『狭衣物語 上』(新潮日本古典集成(第68回)),1985,新潮社
この本の中に、とりあえず2つほど用例を発見。

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「外道」という単語を調査してみる (1)

ひとつめはこれ。

いとあまりなる聖言葉な賜はせそ。さしも聞こえはべらぬことどもも 侍るなり。宮の御有様はしもほのかに見たてまつらせたまひてば、 えさしも心清からずやとこそ思ひたまふれ」とて笑へば、「せちに かく言ひおどしたまへば、心変りこそしはべりぬべけれ。外道の むすめにも仏ははかられたまはざりけるものを」とて、ありつる文、 懐より取り出でて取られたまふ。(p.149 // 巻二)
この「外道」への注はこんな感じに書かれている。
「外道」は、仏教にはずれた教えを信奉する者。異端者、邪教徒。仏が成道のとき、 外道の女が妨げようと誘惑したと言われる。
ここでの「外道」って何?? ... ということで調べてみた。 [Table of Contents]

佛成道を邪魔した「外道娘」

Lalitavistara じゃなくて『方廣大荘厳経』(Taisho,187)によると、 このような記述がある。 . . . うー。 SAT にない〜 (;_;) しかたがないので、大正蔵からチマチマと写経。

佛告諸比丘。魔王而時又命諸女作如是
言。汝等諸女。可共往彼菩提樹下。誘此釈
子壊其浄行。於是魔女詣菩提樹。在菩薩
前。綺言妖姿三十二種媚惑菩薩。一者揚眉
. . . (略) . . . (p.592b8(L))
[大雑把訳] 仏はビクたちに告げられました。 --- またそのとき魔王は 女どもにこう命じたのだ。「おまえら女どもはあの菩提樹の下に 行き、あのシャーキヤ族の者の浄行を壊滅させるのじゃ」 そして魔女どもは菩提樹の下に行き、菩薩の前で 綺言・妖姿・32種の媚で菩薩を惑わしたのだ。(32種とは) 眉を揚げるものが1つめ、..

 また、この対応部分は『今昔物語集(天竺部)』にもあるっすね。 東洋文庫判(368,今昔物語7)ので済ませちゃうと^^;こんな感じ。

魔王にはまた三人の娘があった。三人とも美人で天女の中でも傑出していた。一人を染欲、 一人を能悦人、もう一人を可愛楽という。この三人の娘は連れ立って菩薩のもとに行き、 「あなた様は徳がすぐれ、人間界・天上界でこの上もなく敬われておいでです。私たちは 年も若く美しさにおいて肩を並べる者はございません。父の天神が私たちをあなた様に献 上して供養させました。朝に夕に常にお仕えしたいと存じます」 と申し出た。 (東洋文庫 pp.37--38)
これらのテキストでは、ここ以外に「仏が成道のとき、 妨げようと誘惑した」に 相当する事例は見当たらないなあ。まあ、人間以外のもの、たとえば アスラとかを「外道」と呼ぶ用例もあるので、 狭衣物語の作者が魔王の一味を総称して「外道」と呼んでみた、と 理解するのがここでは最も無難そうなんだけど、もしそうだとすると上にあった注:
「外道」は、仏教にはずれた教えを信奉する者。異端者、邪教徒。仏が成道のとき、 外道の女が妨げようと誘惑したと言われる。
これはけっこういい加減な記述だとゆう話になるよね(^_^;
魔王どもと一緒くたとは、清く正しく生きてる外道な人たちに失礼というか。

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「外道」という単語を調査してみる (2)

ふたつめ。

「我爾時為現清浄光明身」など心にまかせて読みながしたまへるに、 聞くかぎりの人々、何事も聞き知らぬあやしき修行者まで涙を流したる、 釈迦仏の説きたまひけむその庭にだに笑ひ紛らはしけむ、提婆達多、 外道などいふらむものだに、今宵の御声にはみな囲繞すらむと おぼゆるに、まいて、「身をつづめて」とある御誓ひは違ふべきならねば、 御明のいとほのかなるに、御前の暗がりたるに、普賢の御光いとけざやかに 見えたまひて、ほどなく失せたまひぬる、尊く悲しともおろかなりや。(p.250 // 巻二)
このうち「提婆達多」への注はこんな感じ。
釋尊の従弟だが、常に反抗的で独自教団をつくり、釋尊を害そうとした。 生きながら地獄に堕ちたと言われる。
そして「外道」の注はこう。
異端者。 仏道にはずれた教えを信奉する者。ここは、提婆達多を信奉する仲間たち。
たしかに文脈を追ってみると「釈迦がご説法なされるその会場においてさえ、 嘲笑したという提婆達多・外道とかいうヤツら」となってる。 異教徒がガウタマ様の説法の場面に居合わせるという状況はあまり考えられ ないように思えるし、またダイヴァダッタと並べて名前があげられてることから、 この注に書かれているとおり「提婆達多とそのシンパな外道ども」と解釈する のが非常に自然なように思われる。

 ということで。なんと「外道」の中にデーヴァダッタ派が含まれることも あるみたいなのだ!! がーん。これは盲点!!! (@_@;

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提婆達多は外道か

『今昔物語集』巻一第十の提婆達多の話を見てみると、提婆達多は 外道とされている。東洋文庫版の現代語訳からの引き写しでアレなんすけど、

悉達太子が仏となられてから後は、提婆達多は外道の典籍を学んで、 ますます仏をねたみ申し上げ、自分が奉じている外道の教えこそ すぐれたものであると思って、仏とはげしく争い申し上げた。 (p.48)
でもその後に破僧事件を起こしてしまったことを 「彼は僧団の和合を破る逆罪を犯して」と書いてあったりするんだけど、 破僧の罪を問うことができるのは実は仏教内部の人間に対してだけで、 提婆達多が非仏教な人間なんだとすれば、その彼が破僧をおこなった と解釈するのはおかしいのでは?? ...というか異教の人間が同じことをしたら 「破僧」じゃなくて別の罪名で呼ばれるべきでは?? だって「破僧」ってあくまで仏教内出家者を対象とした戒律だしさ。

 ‥という気がしないこともないんだけど、それはここではどーでもいいか。 ともかく、ここからは「提婆達多は異教徒の人間であった」 と読めるのは間違いないよね。どっからこういう伝承が出てきたんだろう?????

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まとめ

『狭衣物語』にみる「外道」は、使われている箇所によって その意味内容が異なっているように思われる。

ただし「反・仏教な輩」「(根源的なレベルで存在そのものが)わるいやつら」という 共通点を見てとることができそうである。

(based on the page of 1999.1)

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