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[資料] 秋田高校1991年の夏 (1:北嵯峨)

題 [資料] 秋田高校1991年の夏 (1:北嵯峨)
日付 2014



部屋を片付けていたら出てきました。せっかくなのでここに。 (以下全部資料編です。)

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26年ぶり夏1勝

[日刊スポーツ 1991/8/13(火) 7版]

第73回全国高校野球 5日目

古豪・秋田が26年ぶりに甲子園で校歌を聴いた。京都の "ドクターK" 北嵯峨・細見和史投手(3年)を機動力で 攻略し、サヨナラ勝利を飾った。東北勢は出場6校中、こ れで4校が初戦突破。史上初の大量上位進出となった。西 日本では山口・宇部商の172センチの小さなエース、金藤本 樹投手(3年)が東邦を完封で下し、こちらは山口大会か ら通算36イニング自責点0の快投。またこの日、2回戦残 り試合の組み合わせが決まった。

第1回大会で準優勝

■秋田高野球部  1894 年創部。今年で97年を数える 伝統を持つ。初の全国大会 は、1915年(大4)の第 1回大会。この 時は決 勝戦で京都二中に敗れ準優勝 した。夏の甲子園は今回で16 度目の出場(戦前8回、戦後 8回)。戦後の大会では47回 大会(65年)のベスト4が最 高。この時の準決勝の相手が この年優勝した三池工だっ た。それ以来、66年、73年、 83年と3回全国大会に顔を見 せてはいるが、1回戦で 姿を消していた。

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強運の代打小玉 内野安打で悪送球誘う

中川の分まで

 26年ぶりに秋田の校歌が鳴 り響いた。伝統の純白のユニ ホームを真っ黒にしたナイン は、肩を弾ませて大声で歌っ た。小野巧監督(36)は「胸 が熱くなりました。感激で す」。佐藤幸彦主将(3年) は「自分たちが甲子園で校歌 を歌えるなんて 思ってもいなか った」と言葉を 弾ませた。

 劇的な幕切れ だった。同点で 迎えた9回裏1死二塁。代打 のラッキーボーイこと小玉 は、遊撃手前に内野安打。小 玉は県大会4打数2安打、2 打点ですべて出塁する「強運 の持ち主」(小野監督)。ここ でも勝利の女神を導いた。相 手野手が一塁へ悪送球。ファ ウルグラウンドに白球が転々 とする間に、佐藤がサヨナラ のホームを駆け抜けた。

 「集中力が県大会から持続 している感じです。チャンス どころを選手が肌で知ってい るみたい」と小野監督。5、 7、9回と少ないチャンスを 確実に点に結び付けた。投げ ても秋田大会決勝で秋田経法 大府のアイドル・中川申也投 手に投げ勝った菅原朗が「中 川の分まで」と粘投した。

 野球の伝統校でもあるが、 県内有数の進学校でもある。 大学入試センターの試験の平 均点は582点で、平均偏差 値は東北地区で3番目の成 績、毎年10人近く東大に合格 者を出すなど99%の進学率を 誇る。当然、ナイン全員が進 学希望。2日に甲子園入りし てから勉強を怠っていない。

全員進学希望

 午後から練習のときは午前 中に必ず2時間「勉強会」が 開かれた。それ以外に3年生 は練習が終了してからも教科 書、参考書を開いている。神 居部長は「きょうと前日(11 日)だけ勉強会を休みまし た。でも彼らは野球やって勉 強してと、よく 頑張っていると 思います。だか らこそ集中力が あるんでしょ う」とナインを たたえた。野球のプレーで見 せる集中力は文武両道のたま ものか。

 佐藤主将は「きょうは勉強 を休みます。きょうぐらいは 休んでもいいでしょう」とほ ほ笑んだ。文武両道ナインの 戦いはまだ続く。【平井勉】

目細めるOB市長

 紫のメガホンで一色にな った秋田の三塁側アルプス席 には、同校OBで秋田市長の 石川錬治郎氏も駆けつけた。 お盆休みを利用して、飛行機 で前夜大阪に来た。1956 年(昭和31)にも甲子園に出場 しているが、石川市長は新聞 部でスタンドを駆け回ってい たとか。「ここは懐かしい ね。26年前にベスト4入りし ているけど、全員野球をやっ ているあたりは、その時にそ っくりだね」と後輩たちの元 気あふれるプレーに目を細め ていた。

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秋田(秋田) 4 - 3 北嵯峨(京都)

 北嵯峨の好投手・細見にし ぶとく食らいついた秋田が、 サヨナラ勝ちで26年ぶりの勝 利を挙げた。3-3の9回 裏、1死から8番佐藤が中前 打して盗塁。代打小玉の緩い 当たりが蔦谷遊撃手の一塁低 投を誘い、ボールを後ろへそ らす間に佐藤がホームインし た。北嵯峨も1点を追う9回 に、2死二塁から1番蔦谷が 左前打して追い付く粘りを見 せた。だが、8回2死満塁な どのチャンスにあと1本が出 なかったのが最後に響いた。

東北勢史上最多 4校目初戦突破

北嵯峨 3 000 002 001
秋 田 4 000 020 101X
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ノーエラー山下 // ウキウキ甲子園

秋田に伝統校の味を見た -- ベンチの選手にも一体感

 秋田には伝統校ならではの 味があった。守りのときは控 え選手全員がベンチの最前列 に立って、アウトカウントな どをグラウンドにいる選手に 伝える。全員が試合に参加し ている一体感がそこにはあ る。サヨナラの立役者となっ た小玉選手も、常に先頭に立 って声を出していた。試合の 流れを肌でしっかり感じ取っ ているからこそ、代打に出て 打席にいる間にもめまぐるし く変わる状況に、対応できた のだと思う。

 前日、各校の変則的な守備 態勢を指摘したが、秋田に関 してはオーソドックスな守り で、好感を覚えた。内野手は投 手がセットに入る段階では、 きちんと通常の守備位置に戻 って、打者に正対していた。く どいようだが、内野手の一番 大事な役目は、走者をけん制 することではなく、打球の処 理である。秋田はこういった 基本がしっかりしていた。

 攻撃面でも、7回無死一、 二塁でヒットエンドランを試 みたりと、バントにこだわら ず積極的な攻めをみせてくれ た。結果は失敗だったが、こ ういった前向きな姿勢が勝利 を呼び込んだと思う。5回の 先制の2点も狙い球を真っす ぐ一本に絞っての巧打。ベン チの的確な指示を反映した。

 基本に忠実ということは当 たり前のことかもしれない が、それをきちんと展開して くれると新鮮だった。秋田に は勝利至上主義だけではな く、野球をエンジョイする姿 勢が選手にもベンチにもあっ た。    <山下大輔>


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