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カーマスートラ

泉芳璟訳(1923)。


[前] 1-2 三勢力を得ること(1)

1-2 三勢力を得ること(2)

[25-27]又説をなすものがある。人は宗教(正義)の如きものを求めるに及ばぬ。蓋し其の結果する利益は未来、時としては死後の 未来のものに属し且つ疑はしい。

[28-29]幼童にあらざる限り、誰が手に持つてゐるものを他人に渡さうか。今日得られた鳩は小さくとも、明日得らるべき大なる孔 雀よりは優つてゐる。 [p.20a]

[30]今貰う一カルシャーパナ(貨幣の名)の方が将来貰ふ筈の不確かな一ニシュカ(カルシャーパナより価多き貨幣の名)よりは佳 い。かくローカーヤタ派の学者たちは云ふ。

[31-34]然しヴァーッチャーヤナは云ふ。

(1)経典の権威は疑ふべきでない。蓋し大聖の作る所であつて絶 対の真理のみを啓示するものだ。(2)アビチャーラ(敵を降伏す るための祈祷)や、アヌヴャヴァハーラ(悪を攘ひ幸福を招く儀式) の現在この世に認められる効験があることを考へねばならぬ。(3) 奉仕義務としての正義は、日月星辰の恰も世を利する意図あるもの の如く運行する実例を見ても明かに了解せねばならぬ。(4)世の 進歩は四姓の守るべき義務の遂行に依りてなされる。(5)現在の 快楽を未来の幸福のために棄てねばならぬことは、種を播いて未来 の収穫が得られる実例に見て明かである。これらの理由で宗教は厳 守せられねばならぬ。

[35-37]財物のことについて異論がある。財物はたとひ如何に努力してもこれを得ることが出来ぬことあり、又一方に何等努力せず とも単に偶然で得られることもある。これは総て時(カーラ)(運命)の力に属 する。富むも、貧しきも、成功も失敗も、幸福も、不幸も、みな運命 である。

 悪魔ハリが帝釈の位を襲ひ得たのも運命、又彼が敗〓したのも運命である。誰か彼の再び帝釈たる時なしと云ひ得るものぞ。かくの如く 運命論者(カーラカーリニカ)は云ふ。

[38-39]然しながらさうではない。この世の財物を得ることは[p.20b]主として人の努力に依る。されば財物を保全する種々の方法を知るこ とは運命と等しくその大なる原因となる。来るべき運命にあるものも 雄々しい人の努力を竢つて始めて実現される。無活動のものに幸福は 来ない。かくヴァーッチャーヤナは云ふ。

[40-42]性愛についても異論がある。性愛の如きものは顧みるに及ばぬ。蓋しそは正義と財物に対して損害を与へる。即ち性愛に没 頭すれば慾楽に耽り、正義と財物を等閑に付する。

 されば正しき人々はこれを避けるべきだ。性愛は暴虐兇悪なるものと交はるに至らしめ、よからぬ謀計をなし、よからぬ習慣を作り、将 来の希望を失ふ。又そは他の多くの悪の根本となる。軽蔑を招き、一 般の人々から信用せららず、仲間外れにされるに至る。

[43]性愛のために身を失ひ家を滅したものは古来甚だ多い。

[44]ブホージャの裔なるダーンダキヤは慾楽のために婆羅門の一女と性交をなせしため、親族王国と共に滅亡した。(婆羅門の呪を受 け土砂の雨に埋められて死したと伝へられる)。

[45]インドラはガーウタマの妻なるアハーリヤーとの罪ある交りをした為め、キーチャカはバンドウ族の王子等の妻ドラーウパディを 愛せしため、ラーヴァナはラーマの妻シーターを奪ひしため、みな慾楽 のために滅びた。其他この類は沢山にある。

[46-47]然し又性愛のために弁護の位置に立つ議論がある。性慾は食慾の如く身体生存の上に必要なもので(若しこれを満足せしめ ざる場合は、精神病の如き悪結果を招く)。加之性愛は正義、財物の 目的である。蓋し正義と財物とは現世での正当な性愛を含む快楽と、 [p.21a]来世の幸福を求めるものであるから。

[48]性愛の悪い結果に就ては、吾人は如何にしてこれを避けるべきかを知り、その療法を考察せねばならぬ。乞食の居るのに爐上に鍋 が置かれてありはせぬか(乞食の食物を乞ふかもしれぬから乞食に鍋 を見せてはならぬの意)。ヤヴァ(麦)の種が鹿のゐるのに播かれては 居らぬか。かかる場合、性愛の悪結果を免れるために相当な予備的療 法が必要である。

[49]此に頌あり曰く、

 人はかくの如く正法と財物と性愛の三勢力を求めつつ、此の世に於ても、未来世に於ても、限りなき清き幸福を保全すべきである。

[50]優れた人々は、来世に何が起るかに関して何等疑が生じないやうな、而も財物の損失もなくて快楽に導くやうな行為のみに立脚す る。

[51]人は三勢力の総て、若くはその二、或は一つを得られるやうな行為に努めるべきである。若し一つが他の二つに有害であるならば その何れをも為してはならぬ。

 以上聖ヴァーッチャーヤナの作性愛の学第一品総説篇の中、第二章三勢力を得ること終。

[次] 1-3 性愛の学及びそれに関係せる学芸