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カーマスートラ

泉芳璟訳(1923)。


[前] 1-2 三勢力を得ること(2)

1-3 性愛の学及びそれに関係せる学芸

[1]男子は性愛の学及それに関係せる学芸を修めねばならぬ。その時間が正義財物の経典等の学習に用ふる時間を妨げぬやうにせねばな らぬ。 [p.21b]

[2-4]婦人は青春期までにこれを学ばねばならぬ。既婚の婦人は夫の承認の下にこれを学ばねばならぬ。然し印度聖典の示す所によれ ば、婦人は経典を学ぶことを許させてゐないし、又婦人はかかる学に 不適当であるから、婦人に教ふることは無効である。かく学者たちは 云ふ。

[5]然しヴァーッチャーヤナは云ふ。婦人はこれらの学及び其の適用を学ばねばならぬ。婦人にこれを教ふることが教ふる学者の方にこれ を学ぶことを要するから、この学の中に婦人を教養する方法は省かれ てはならぬ。かくてこの学につき婦人のなすべき応用の学問も、間接 ではあるが、この書に付属せしめてある。

[6]かかる結果はこの書ばかりに局られてはゐない。多くの人々が自身では学ばずに種々の法典の知識を得ることは実例が他にも多い。 世の中の少数が法典を学び、又学ぶに適する。然し原理では総ての人間 のためのもので、種々の方法を以て理解させるのである。

[7]法典は人類の間に行き亘つてゐる万人の認むる事項の遠い根源ではあるが第一最初のものである。一人法典を学び、他の一人彼れか ら原理を学び、次より次へ伝へて行く。

[8]ヴィヤーカラナ(文典)あるがために、人は文法家でなくとも、儀礼をなすに当り根本儀式プラクリティヨーガから推測してウーハム 若くはヴィクリティプラヨーガ(付属の儀式)を唱へることが出来る。
[注] 或る呪文が根本儀式プラクリテイヨーガに用ひられてゐる。これに属 する儀式ヴィクリティプラヨーガにも又他の或る呪文が用ひられるが、 それは吠陀の本文の上に明記してない、然しこの種の呪文を祭祀の僧侶 [p.22a]は根本儀式に用ひられる類似の呪文に比較して正確に推測する。この新 しく作つた呪文の文法の正確性は僧侶が少しも文法を知らずとも得られ るのである。

[9]ジュヨーティシャ(天文学)あるが為めに、天文学者ならざるものも、天文学者から聞いて儀式に一定の日を選ぶことが出来る。然 し天文学はこの場合に於て(たとひ原理のことを直接教へないまで も)、事柄の実行の上に原因となるものだ。

[10]馬や象に騎るものが、たとひそれに関する学は知らずとも、技術に熟練したものから学んで適当に御したり飼つたりすることが出 来る。

[11]王城を距つる遠い所に住んでゐるものでも王の威勢で法律を犯すものが無い。これらの例を以てこの問題も類推して知るべきであ る。

[12]然し娼婦、王女、貴族の女は、直接に法典を学習して知識を磨くべきである。

[13]これらの理由で婦人もこの書と及び其原理の応用、若くは孰れか一を信頼するに足るべきものから学ぶべきである。

[14]反復練習により成就すべき六十四のヨガを少女は独りで反復練習しなければならない。

[15]少女の依つて教へらるべき人は(1)同じに育つて男子を知つてゐる乳母の娘、(2)気兼なく語り合ふ性交の経験ある友、(3) 同年輩の母の妹、(4)信頼せられてゐてその少女には母の妹の如く [p.22b]である年長の婢女、(5)性交の経験ある尼僧、(6)少女の姉である。 少女が信頼してゐるから。

[16]六十四種の芸術、(1)歌謡、(2)奏楽、(3)舞踊、(4)絵画、(5)木葉などを或る形に剪り額上の起標とすること、(6)祭 神の荘厳のために彩色した米種々の色の花を種々の形に排べること、 (7)花を以て床などを飾ること、(8)歯、身体、衣服を染めるこ と、(9)家の或る部分、床の上などに宝石を彫めること、(10)人 の趣味と状態とによりて臥床を整へること、(11)水にて太鼓のや うな音楽を奏すること、(12)水を掬ひ或はサイレンのやうな器械 にかけて灌ぎだして楽音を出すこと、(13)薬物調合、呪術、(14) 粧飾若くは神に捧げるために花環を作ること、(15)頭髪の粧飾、 シェーカラ若くはアーピーダの形に花環を作ること、(16)衣装 を着ること、花若くは粧飾にて飾ること、(17)象牙貝類にて耳飾 の類を造ること、(18)香料の製造、(19)親しく粧飾品を造り或 は宝石を挿入する等にて古きものを改造すること、(20)幻術の類 によりて物の姿を現はすこと、(21)薬物によりて精力体力を増進 すること、(22)手の器用にて軽捷なこと、(23)食品の調理、 (24)飲料等の調理、(25)裁縫、(26)糸にて行ふ手品、或は あやつり人形、(27)ヴィーナー或はダマルカを弾奏すること、 (28)謎を出したり解いたりすること、(29)頌の連誦、(30) 難解難誦の頌を歌ふこと、(31)叙事詩の朗唱、(32)戯曲物語の 知識、(33)半連詩作、(34)籐竹などにて編む家具の制作、(35) 木片金属類にて男根の模擬品を造ること、(36)木工、(37)土工 [p.23a]特に方位、材料、衛生状態などを注意すること、(38)宝石鑑定、 (39)錬金法、(40)水晶、宝石を染めること、発見の場所、発 掘の方法、(41)薬草の栽培、(42)羊鶏を闘はせること、(43) 鸚鵡に人語を教へ使ひをさせること、(44)洗浴、身体摩擦、結髪 など、(45)種々の意味を表はすやうに作られた文字を判読するこ と、(46)言語解読法、(47)諸国の言語の知識、(48)前兆を 知ること、(49)花で車、乗物、馬、象などを作ること、(50)器 械、器具、武器の製作、(51)記憶術、(52)詩歌朗吟競技、(53) 有名なる詩歌の故らに省略せられた部分を填めること、(54)詩歌 作法、(55)辞典学の知識、(56)修辞法、(57)受動、能動、 人称がわからぬように違へてある文章を判読すること、(58)布片 にてなす遊戯、(59)博戯、(60)骰子遊び、(61)球や人形の遊 び、(62)日常の作法、(63)敵手を敗かすやうな方法の知識、 (64)身体の発育を計る知識。

[17-19]又パーンチャーラの教ふる六十四の技術がある。第二品性交篇の各所に述べる。これらは性交の方法であるから。

[20]品性と、美貌と、徳性を具えた娼婦は、この六十四の技能によつて価値を加へ、社交の上にガニカーの名(娼婦の中での尊貴な もの)や尊き位置を得るであらう。

[21]かやうな婦人は常に王者に尊敬せられ、徳ある人に賞讃せられ、多くの人から交を求められる。かくて同族の婦人に模範となる。

[22]王女や貴族の娘は、これらの技能に熟達すれば、その良人が[p.23b]たとひ一千人の妻を後宮の中に有つてゐても彼を支配することが出来 る。

[23]これらの技能を具へた婦人は、この方法で、良人が流謫されても、悲しい境遇に陥つても、寡婦となつても、外国に流浪しても、 愉快に暮すことが出来る。

[24]これら技能の堪能な、能弁にして、常に自から愉快にする男子はたとひ未知のものであつても直ちに婦人の心を惹くであらう。

[25]これら技能の単なる知識も男子には利益である。然しその実際の適用は時と場所に依る。或は有り得べく或は有り得ない。

 以上聖ヴァーッチャーヤナの性愛の学第一品総説篇に於て、第三章学芸の記述終る。

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