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カーマスートラ

泉芳璟訳(1923)。


[前] 1-3 性愛の学及びそれに関係せる学芸

1-4 市民の生活(1)

[1]前章に示した教育を終了した後、人は家長となり、次の方法で儲けた金を以て市民の生活をなすべきである。

(1)贈り物を受けること(婆羅門即僧族の場合)。
(2)勝利(刹帝利即ち王族の場合)。
(3)売買即ち商業(吠舎即商売の場合)。
(4)工賃(首陀羅即ち奴婢族の場合)。
(5)祖先からの財産と、これに上に挙げたものの何れかを加へたもの。

[2-3]住する場処については、次に挙ぐるものの一でなければならなぬ。而して善良な人々の住する所でなければならぬ。 [p.24a]

(1)ナガラ、八百の村より成り立つ一州の首都。
(2)バッタナ、王国の首都。
(3)カルヴァダ、二百の村から成る一州の首都。
(4)マハット、四百の村から成る一州の首都。
若くは生活の資が得られる任意の村邑。

[4]その中で内廓外廓をもつた、水の辺りにして、花園あり、離れた室ある家を建てる。

[5-15]内外両廓の中に、外廓に寝室を取り、純白の敷布を展べた寝台を置き、二つの枕を一は東部に一は足部に置く。寝台は中間を 稍低く、両端を稍高からしめ、身体に愉快な位置を与へるやうにする。 それに近く同様の装置の第二の寝台を置く。これは性交のために設け る。第一の寝台の頭部に神像を置く場所を作る。そのあたりにヴェー ディカー(低き物の置き場処)を作り、夜中に用ひし残物、即ち栴檀 の塗粉、花、シクトハ(〓にて作れる化粧品)の函、香料の函、マー トゥルンガ樹の皮、ベテルの葉を置く。床の上には廃物、咳唾、ベテ ルの噛み滓等を捨てる受け箱を置く。ヴィーナーは壁上の木鉤に懸け、 他の一方には画板を、又他の一方に顔料と筆とを容れた壺を懸ける。 又読むべき書物を置き、クランダカ(長く凋まぬ花)の花環を置く。 寝台より程遠からぬ床上には円き毛氈を展べて坐するに便し、小蒲団 を添えて凭るに便す。又種々の骨牌遊戯や博戯のために盤を備へる。 家の外には花園ありて、鸚鵡の類の愛鳥を籠に入れて懸け、又別に紡 織や木工のために室を設け、囲の中には木の繁みに鞦韆を造り、木か ら落ちた花や蔓草で覆はれた地の上には腰掛を置く。かくの如く家の [p.24b]構造や設備が説かれてある。

[16]かくの如き家を有つて住居する家長には二様の義務がある。一は日常行事(ニッチャム)、一は臨時の行事(ナーイミッティカム) である。前者は即ち次の如くである。

 彼は早朝に起床し、上厠し、歯を磨き 香料もて少しく油を塗り、 花を以ては身を飾り、シクトハアラクタカ(紅色の染料)ベテルの葉 の如きもので唇を染め、鏡に向ひ、香料を噛み、余分の香料とベテ ルとを手にして三勢力(正法、財物、性愛)の追求に其の日を送る のである。

[17-25]次に身を潔めることと娯楽に就て云はば、沐浴は毎日する。隔日に身体摩擦をやる。三日毎にブヘーナカと称するもの(水 に溶けば泡沫を生じ垢を去り膚を柔かにするもの)を用ふ。これは膝、 腿の部分に用ひる。頣と鬚との剪除は四日毎にせねばならぬ。頭髪と 其他の部分の毛は五日毎になすべきである。若し抜毛をなせば(時と してなされるのだが)十日毎になす。これらは必ず怠ることなしにや らねばならぬ。腋下の汗は常に拭はねばならぬ。さもなくば悪臭を生 ずる。一日に二回の食事、一は午前に一は午後に取る。これは学者た ちの意見である。ヴァーッチャーヤナの意見では第二回目の食事は日没 の後、夕方、夜の最初の四分の一の間に取る。食後、鸚鵡に言語を教 へ、闘鶏、闘羊等を見る。技芸経典(カラーシャーストラ)に記載された種々の娯楽をやる。ビ ートハマルダ(講談師の類)、ヴィタ(芸人の一種)やヴィドウーシ ャカ(道化)と共に語る。かくて午睡の床に就く。午後起床して身を 粧飾し、種々の勝負事をなし、夜は歌詠音楽を聴き、それが終れば家 [p.25a]は払拭せられ、香を焚き、寝台の上にて婇女の来るを待つ。若し来ら ねば婢を遣はして呼び来らしめ、或は自から往きて迎ふ。来りし後は 愛語を以て歓語する。雨ふる日などは婇女の粧飾が濡れてゐるのを自 から着け直してやり、其他欲する所を云はしめる。これが日夜の平生 の行事である。

[次] 1-4 市民の生活(2)