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カーマスートラ

泉芳璟訳(1923)。


[前] 1-4 市民の生活(2)

1-5 愛人とその媒介(1)

[1]他の男子と未だ曾て性交をなさざる同族の婦人に対して法の規定通りになされた結婚関係は正当な継嗣を生ずべく、賞讃さるべき行 為である。これらの事項は公然取扱はるべきもので、何等公衆から隠 匿さるべきでない。

[2-3]然るに一方に自分より高い種族の婦人若くは曾て他の男子と性交をなせし婦人との同棲はこれと反対の結果を来す。即ちその子 は正当な継嗣と認められず、不名誉の事として一般公衆から秘密にさ れねばならぬ。自分より低い種族から妻を娶り、若くは種族以外のも のと同棲することは法典の禁ずるところである。娼婦、寡婦と性交を なることは禁じられてもなく承認せられてもない。蓋しかやうな行動 は只単に快楽のためであり、法典の関かるところでない。

[4]婦人には次の三種がある。第一種処女、第二種再嫁婦、第三種娼婦。

[5]ゴーニカープットラに随へば或る特殊の理由のために設けられた第四種の婦人がある。これは次の事情の下に置かれた他の男子の妻 である。

[6-7]この女は自分に身を任せる。然しこの女はこのやうにして多くの他の男子の嬖妾であつたに違ひない。又その品性も已に汚され [p.27b]てゐる。だから、たとひ自分より高い種族ではあるが、自分との関係 も娼婦と同様であつて法典の規定を破るものでない。一たび良人以外 の男子に身を任せた婦人は娼婦に同じい。だからこの女との性交が法 典に背くか背かぬかのことは問題にならぬ。

[注] 然しかかる女と交つて継嗣を得ようとし、若くは単なる快楽のため にすることは禁じられてある。かかる女と交るには次に示すが如き更 に重大な理由がなければならぬ。

[8]或は已に汚れた婦人であるが、その良人が非常に権勢家で、富有であり、而してその婦人は良人を自由にする程の隠れた力をもつて ゐる。ところでこの良人が自分の仇敵の友人である。自分の仇敵はこ の権勢ある富有な友人の力を藉つて自分に多大の損害を与へ、正義、 財物、性愛の三勢力を自分から剥奪するかも知れぬ。若し自分がこの 婦人を手に入れることが出来れば、彼女はその良人と自分の仇敵の間 を離間して、彼をして力を藉さぬやうにすることが出来る場合。

[9]或は已に汚れてゐる婦人にして、曾て自分と友情の厚かつた権勢ある男子の妻であるものがありとする。その男は何かの理由で今自 分に敵意を有して常に自分に危害を加へようとしてゐる。若しこの場 合、妻なるこの婦人を手に入れれば彼女の力で彼との友情を回復する 見込がある。

[10]或は或る婦人を手に入れることによつて、自分はその良人の友情を得、彼によつて友人の職業を求めてやるとか、若くは仇敵の企画 を破壊するとか、その他この男の力で何か他の仕事を為し遂げる場合。

[11]又此に一人あり、或は卑劣な手段で、さもなくば当然自分の[p.28a]手に帰すべき富を得たとせんに、自分にして彼の妻を手に入れること が出来れば、容易に彼を殺してその富を赢ち得ることが出来ると云ふ 場合。

[12]或はかかる場合もある。自分は富も財産もなく生活の手段もない。この婦人は非常に富んでゐる。この婦人を手に入れてその巨富 を容易に自分のものとなし安楽に暮さう。

[13-14]或はこの婦人は自分の秘密を知つてゐる。而して自分に恋着して性交を迫る。若し自分がこれを拒まば、彼女は自分を陥れ て破滅せしめるかもしれぬ。若くは自分がその請に願はねば弁明する ことの出来ぬやうに巧妙に作られた虚構の罪で自分を陥れるかもしれ ぬと云ふ場合。

[15]又例へば一婦人あり、自分の友人なる男を良人としてそれを自由にする程の力を有つてゐる。若し自分が彼女の請を容れぬ時はそ の良人と自分とを離間し、彼を自分の仇敵と結び付ける。仇敵はかく て新に援助を得て自分を破滅に陥れる。若くは彼女自から自分の仇敵 と相結んで自分を亡す計画をするかも知れぬ場合。

[16]或はこの男は自分の妻と不義の交をしてゐる。自分は彼の妻と性交をなして同価の復讐をせねばならぬ場合。

[17]或は王の命を受けて敵の城砦の内部を調査せねばならぬ。この内部に進み入るは甚だ困難である。然るに敵の妻の愛を得て自分は 安全に内に入る許可を得て遂に城砦を破壊することが出来る場合。

[18]自分は容易く贏ち得難き一人の女と恋に落ちてゐる。然し彼女は自分の近づき得られる他の女の自由になる位置にある。若し自分 [p.28b]がこの女と性交をなし得たならば、彼女は自分の意中の女を得ること を援助するであらうと云ふ場合。

[19]或は自分は富み且つ美貌ある一人の処女と結婚せんと思ふ。此の女はその処女に対して勢力を有してゐる。而して彼女の請に随へ ばその処女を得ることを援助するであらうと云ふ場合。

[20]或は自分の敵なる一人は或る女の良人の親友であり、飲食起臥を共にして居る。若しこの女を用ふればこの敵にラサ(徐々に効験 ある毒薬)を与へることが出来る。これら及び其他の理由で他人の妻 と性交することがあり得る。

[21]これら危険な行動は本質において罪悪であるから、単に欲楽のみのために行つてはならぬ。然し上に述べたやうな重大な理由のため にのみ行ふべきである。かくの如く他妻に交る理由が示されてある。

[次] 1-5 愛人とその媒介(2)