[前] 十王の起源 |
どうでもいいことですけど。読んでみるとよくわかると思いますが。 この「地蔵十王経」は冥途・死後の世界を描くものでありますが、 たとえば『往生要集』などで紹介されている、いわゆる「地獄」「餓鬼」などは 描写されていません(餓鬼については、とりあえず こちら [URL] へどうぞ)。 この十王経で描かれた状態から、やがて行き先が決まり、 その行き先の一つが「地獄」であるが、地獄について詳しくは別の資料を参照して‥という 感じになっていますので、注意しましょう。(何に?)
‥でも、んー。転生する前の状況とするなら、 つまりこれは仏教でいうところの「中有」ということなんでしょうか。 しかし「中有」とする理解に対しては、 江戸時代の景耀(玄智,18c末)という人(後述)が 『真宗必携考信録』という書物で以下のように批判しているようです:
つまりこれは仏教ではない、日本人がもってる死後世界観がにじみ出たものということで。 これと仏教という大枠との整合性を取ろうとして、 地獄か、中有か、そのへんにこの冥途世界を割り当てようとしたんでしょうね。 んでその割り当ては、割とうまく行ったようにも見えるんですけど、 でも 厳密に調べたり考えたりしてみると、やっぱりイマイチ合ってない、と。
なので結果、 この地蔵十王経で描かれているところの「死後の世界」は、 『往生要集』などにおける、仏教の正統的な(?)地獄とは明らかに違うものなんですけど、 日本人が「地獄」と言われてイメージする中には この世界もシッカリと入っている、と。 そういうことですね。
[Table of Contents]でも地獄ってやっぱ、よくわからないですね。仏教の死生観の基本は輪廻転生というやつで、 人は死んだら生まれ変わって別の存在として生き続けるというもの。そしてそれはいいことかというと 全然そうじゃない、なぜなら生きるとは苦しみに他ならないから。だから修行や善行を積むことにより 輪廻を脱することが大事、だからいわゆる解脱とか浄土往生などを目指そう‥と。
死者の救済史 供養と憑依の宗教学 (角川選書) [ 池上良正 ] |
聊斎志異(下) (ワイド版岩波文庫) [ 蒲松齢 ] |
そんな世界観の中、地獄はどうなんでしょう。地獄はなんか「生まれ変わり先」じゃなくて 「今、あなたが、そのままの姿で、そのままの意識状態のままで 堕ちていく先」という感じに、 どうしても なっているような気がするんですよね。輪廻と違ってる感じがするんですよね。 ‥‥ということはつまり、仏教経典とともに日本に入ってきた『往生要集』的な苛烈な地獄よりも、 黄泉国的な死後世界となっている十王経の「あの世」のほうが、 仏教に元々あった輪廻転生とは相性が良さげな感じということ? かな? 七七日(7週間)経過した頃までには 生前の所業と追善供養の合計で転生先に関する総合判定が下り、 あとは「父母情を 通わすを待つ」と、 両親の交尾(?!)を待つだけ、という‥
[Table of Contents]ちなみに「輪廻」は日本には定着しなかった、と見てよいみたいです (see.池上良正(2003)『死者の救済史』, p.76)。 これについては、まあ、やはり中国とか日本では「ご先祖様」はずっとご先祖様であるべきという 観念が強すぎて(これは 「お盆」などを考えるとよくわかると思います)、 もし輪廻的世界観を受け入れてしまうと 先祖供養の対象たるべき「ご先祖様」はどこに? という話になってしまいますから、 受け入れられるはずもないんですけど。
(ただ古代インドにも「祖霊」という観念はありますよね。それと輪廻説との整合性は
どうなってるのかというのは気になるんですけど、絶賛放置中です^^;
)
輪廻思想がいまいち根付かなかったのは日本だけでなく、おそらく中国でもそうなんだと思います。 蒲松齢『聊斎志異』(17世紀. 清初) の中に、輪廻との絡みで こんな表現があるのを見つけました(和訳):
(^o^;
‥でもこれって やっぱり(日本人と同様に)「『転生』というのは概念としては知っているけど、
その世界観を信じてる訳ではない」という人じゃないと出てこない発想だと思ったんですけどね。
どうなんでしょう。
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