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人は冥途に行かない説 [平田篤胤]

平田篤胤翁における死後世界観を紹介


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大倭心の安定

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憶測:個人的な動機?

ところで。そもそも何故、篤胤翁はこのような死後の魂の行方についての 詳細な分析を行ったのでしょうか。「大倭心を、太く高く固めまく欲するには、 その霊の行方の安定を、知ることなも先なりける」(p.12) とあるとおり、 人間という存在の根本にかかわる部分についての疑念があるかぎり、 「大倭心を固める」のは無理だから、ということだろうとは思います。

 ただ「安定」というよりは「安心」という感じに近いのかもしれません。

あはれ然る人々よ。大船の、ゆたに徐然におもひ憑みて、黄泉国の、穢き国に往かむ かの、心しらびは止みねかし。さるは上にいへる如く、人の霊魂の、すべて彼国へ往く てふ、伝へも例も見えざればなり。(p.181) //
ああ、このような人々よ。魂の行方については、大船にのったようなゆたかなしずかな思いをもって、 黄泉の国という穢い国に往くという心づかいはやめてもらいたい。それは上に述べたように、人の魂が みな黄泉の国に往くというような古伝も、また現の事実もないからである。(tr.250ab)
「大船の、ゆたに徐然におもい憑みて」という表現。ここを見るかぎり、 「死」はネガティブなものではない、だから畏れるな、悲しむな。自分の死も、 他人の死も、平然と受け入れるべきだ、との篤胤翁の意思が見えています。

 そしてその意思の裏側には‥ (自らの師と仰ぐ本居宣長の死後の行方について)

その花なす、御心の翁なるを、いかでかも、かの穢き黄泉国には往でますべき。(p.184) //
そのような清々しいお心の師宣長が、どうして、かの穢い黄泉の国に往かれることがあろうか (tr.251b)
此身死りたらむ 後に、わが魂の往方は、疾く定めおけり。そは何処にといふに、〽︎なきがらは、何処の 土に、なりぬとも、魂は翁の、もとに往かなむ」。今年先たてる妻をも供ひ、‥(略)‥ いや常磐に侍らなむ。(p.186) //
この身が死んだ後の、わが魂のとどまるところは、つとに定めてある。 どこかというと、「なきがらは何処の土になりぬとも魂は翁のもとに往かなむ」である。 今年先だった妻をともない ‥(略)‥ いつまでも御前に侍ろう。(tr.252b)
この世では直接対面できなかった師・宣長、そして 苦労を共にして亡くなったばかりの妻。 この二人に対する、はげしい追憶の情。これが本書の背景にあるとするなら。

 「自分の大切な人たちがそんな穢れた場所に往ったなんて考えたくない」ということは 普通誰でも考えると思うんですけど。 そんな人々の気持ちを代弁するというか、理論化するというか、いずれにせよ 人々の「永遠」の安心を熱く説きつづける本書は、 読者の人たちには かなりのインパクトと影響があったみたいです(p.224)し、 それは当然だろうと思います。 私もなんか「うおー」とか「すげー」とか唸りながら読んでました(^_^; [*註]


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西洋に向かい合う切迫感

この篤胤の死後世界観の意味付けについて。さらに調べてみると、 篤胤個人の事情もあるんでしょうが、それよりも大きな社会的状況もあったようです。

歴史学者の宮地正人は、この時期の篤胤の思想(特に『霊能真柱』の執筆動機)には、迫 り来る対外危機こそが最大の課題として大きく切り結ばれていたという事実を、平田家に 伝わる新出の資料群をもってはじめて論じた (吉田麻子(2016)『平田篤胤 交響する死者・生者・神々』(平凡社新書819), p.53.)
つまり植民地を求める西洋(ロシア)の魔の手が日本に迫りつつあり、 そのロシアという異物に立ち向かう際に日本の、日本人のアイデンティティとは 何かということを強烈に意識する必要を感じた、ということなのでしょうか。
これらは西洋文明の接近と 危機に直面した篤胤の、「どう生きるか」というみずからの問いに対する答えとして密接 な関連性を有していた。つまり篤胤がいいたいのは、世界がはじまってからというもの、 人間は神々と死者に囲まれ、その恵みを受けながら暮らしているのだ、ということである。 そして、なにげない生活や日常はそれなしには成立しえないという紛れもない真実である。 このことを軸としなければ、自分は、日本人は、けっして生きられない。『霊能真柱』は そのような篤胤の心身の叫び声でもあった。 (吉田麻2016, p.69.)
そんな中、死後世界観についても魂魄・黄泉だの 輪廻だの天国地獄だのといった死後世界観は外来のもので 日本人がもつ世界観とは合ってない、 もっと日本人の精神風土にピッタリくる、 もっと(篤胤自身を含む)日本人の多くが腑に落ちる死後世界観を確立しないと‥ ということですよね。



 篤胤翁、さすが「巨霊」です。すごいです。

P.S
しかし。この篤胤翁の言葉が本当であるなら。いま秋田市手形にある篤胤公墓地(右写真)、 ここはじつに空虚な場所ということになってしまうのでしょうか‥。

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