赤い文字で名前を書くのは良くない、と聞いたことがあります。けど、
根拠はいったい何だろう? と思って、ちょっと調べようとしたんですけど、
これがよくわからない‥。
[Table of Contents]赤文字で名前を書くのはよくない説は、ある
まず「赤い文字で名前を書くのは良くない」という通説は、本当にあるのか?
という話をしておくと、どうやら実際にあるみたいです。たとえば以下:
さらに Wikipedia の英語版にも:
You should never write a person's name in red ink. This is due to names on graves being red.[citation needed]
([大雑把訳] 人の名前を赤で書いてはいけない。墓石に名前を赤で書くから。(要出典))
[Wikipedia:en]
‥英語で、つまり外国人向けの情報にこんなことが書かれていることから考えると、
日本にはそういう常識があるとしか言いようがないですよね。
ただ理由に関しては「citation needed」とあり、「本当か?」という疑念が持たれているようですけど。
[Table of Contents][余談] 赤は英雄色?!
そういえば。英語版Wikipedia の "red" の項を見たら、日本における「赤」について、
こんな感じのことが書かれていました。
In Japan, red is a traditional color for a heroic figure.
([大雑把訳] 日本では伝統的に、赤は勇者の象徴(heroic figure)とされている。)
[Wikipedia:en]
‥はい?? ‥‥んー。なお これには註がついてて、その註をたどって行くと
日本人のゲームクリエーターの Kamiya 氏がこう言ってる:
I gave Dante a cloak to make his intense action look even more colourful. The reason why his costume is red is that it is a heroic colour - in Japan, red is traditional colour for a hero.
([大雑把訳] ぼくは、ダンテの激しいアクションがカラフルに見えるよう、マントを着せたんだ。
なんで彼の衣装が赤かと言うと、それが英雄の色だから。日本だと、伝統的に
英雄の色といえば赤なんだ。)
そう言ってるところに行き着くんですけど。
‥これはたぶん赤備えのことですね。戦国時代の
飯富、山県、そして井伊などで有名なやつ。このへん、もともと Kamiya 氏が
(たぶん日本語で)どう発言したのかはわからないんですけど、文脈から、
ああ、赤備えのこと言ってるんだな、というのはわかるんですけど。でも
これを典拠としてWikipediaに書かれた記事:
In Japan, red is a traditional color for a heroic figure.
([大雑把訳] 日本では伝統的に、赤は勇者の象徴(heroic figure)とされている。)
[Wikipedia:en]
これが何か微妙な気が、どうしても、してしまいます。ちょっと伝言ゲーム状態になってる気がしますね。
閑話休題。
[Table of Contents]というか、東アジア共通ぽい
名前を赤字の問題について調べて見ると、どうやら「名前を赤文字はダメ」というのは
日本だけじゃなく、中国でも韓国でも(そしてたぶん北朝鮮や台湾でも)‥つまり、
東アジア全般に当てはまる話のようです。
以下は中国の話みたいなんですけど:
In ancient times the color red was reserved for the dead. The names of the deceased were written, painted, or engraved in red on gravestones and plaques in the village centers. Even today many traditional people will get nervous if you write their name down in red. To write a living person's name in red means they will die soon or you want them dead. Try this next time you write a letter to your ex-lover.
([大雑把訳] 昔、赤色は死者のための色でした。
故人の名前は墓石などに赤筆されました。現在でも、古風な人は 人名を赤筆することを嫌がります。
生きてる人の名を赤筆するというのは、その人がすぐ死ぬと言ってるか、その人に死んでほしいと願っている、
そんな意味になるからです。元カレ(元カノ)に次に手紙を出すとき、試してみたら?)
[URL]
‥どこをどう見て裏付けを取ればいいのかわからないのでアレですけど、なんか、
日本でもよく聞く「本当かよ?」と思ってしまうのと同じ話が、中国でもされているみたいです。
でも、もしこれが本当なら「昔、中国では死者の名前は赤で書かれたから。だから東アジア一帯では
名前を赤筆するのはタブーとされた」で確定なんでしょうけど。
なお、この「その人の死を願う」という話について、韓国起源という話もあるみたいですが
(「人の名前を赤い字で書くのはダメですか」のベストアンサーなど)、
同じ説が中国にもあるみたいですから、その場合 普通に考えると起源は韓国じゃなくて中国ですよね、
やっぱ。この韓国起源という話もいわゆる一つの「ウリジナル」というやつなんでしょうか[*1]。
中国で故人で赤色で‥については、いちおう調べてみたんですけど、よくわかりません。
ただ、日本における「位牌」の元ネタになったとおぼしき古代中国の儒教の「神主」。
「臣下は、こういう諡を賜ったとき、神主を朱色の漆で塗り、金字すなわち
文字は黄金で記す」(加地伸行(2011)『沈黙の宗教--儒教』ちくま学芸文庫. p.114)
--- つまり、現代日本では位牌は黒地に金字というパターンが多いと思うんですけど、
その黒を朱色にしたイメージですよね(左図は、加地2011,p.112 の神主の図に彩色してみたもの)。
その朱色が起源にあったりするんでしょうか。
‥それ以上のことは、今のところ よくわかりません。
(ところで。19世紀末の朝鮮における位牌(のようなもの)は白木製のようです。
"In a small white wooden tablet within the shrine"
(Isabella Bird Bishop(1898), p.327. [Web Archive]))
これ以外にも中国では「赤は皇帝しか使えない」とか「赤は罪人の名前を書くから」とかの説も
あるみたいですけど、んー。なんかグッと来ないなあ‥。だって、中国では、どうやら
赤は 一般的には「めでたい色」とされていたようですから、それが、何故 人名に限っては
不吉とされたのか。そのへんがどうしてもアレなんですよね。
[Table of Contents]でも印鑑は赤だけど (謎)
さらにグッと来ないことの理由として、「印鑑」の問題があります。
東アジア文化圏では、たぶんどこも共通して「押印」の文化があるはずです。
古代中国も、日本もそうですから、きっと他の地域でもそうだろうと思います。
そして押印は、普通、赤(朱色)ですよね。そして印鑑に刻まれているのは、普通、押印者の名前じゃないですか。
印鑑だと名前は赤で、くっきりと刻印されてしまう訳で。‥‥これは何故に忌避されないの?
直筆じゃないと「赤文字の名前はダメ」にならないのは何故?? ということ。
‥このへん、現状でよくわからないので特に何も書けないんですけど。
Wikipediaとか見ると、中国のことはわかりませんが、日本ではもともとは印章は黒だったのが
やがて云々で、いつしか赤が主流になったとか書いてますので、
最初は赤による押印は忌避されていたけど‥という可能性は否定できません。
でも。赤による押印が忌避されてたというんだったら、
「いつしか印鑑は赤が主流になった」なんてこと、
皆が嫌がる方向へと変化していったなんてこと、には普通ならないですよね。
このへんがどうしてもわかりません。
言えるのは、たぶん「印鑑の赤はダメ」なんて雰囲気は昔からなかったのでは?
という程度ですかね。
[Table of Contents]ちなみに中国で赤文字といえば
Emperors typically do not write in red ink. In ancient China, the typical way of writing is to use black ink and write the characters on white paper. It's only the Seal/Signature that will be using red stamp. I've not heard of prisoners having to sign their name in red before being executed. However, if they are using seal for signature, then it will of course be in red color.
Red inks are typically used in Chinese religions such as Taoism or Buddhism for writing 'spiritual' words, words that communicate with spirits or to perform certain rituals. Characters or drawings are typically done in red on yellow paper.
([大雑把訳] 皇帝は普通、赤で書かない。古代中国では白紙に黒字で書くのが普通。赤は印鑑だけ。
刑の執行の際に、囚人が名前を赤で書くなんて聞いたことがないけど、それが印鑑だったら、
そりゃ赤になるよね。
赤文字はよく道教とか仏教とかの宗教系で「スピリチュアル」系のことを書くときに使われる。
文字とか絵が、黄色い紙に赤文字で書かれるんだ。)
[URL]
ここで紹介する説明では、
中国では昔から文字は黒、印鑑は赤が基本。赤を使うのは宗教系の文書だ、とありますけど。
たしかに私も「アジアの古典籍で赤文字」と言われてすぐに思い浮かぶのは
チベットのカンギュル(仏説)(参考:大谷大学)ですから、赤といえば「きわめて聖的」な感じ
なんですよね。だから「赤文字はunlucky」と言われても正直ピンと来ないんですけど。
この説明はその私の違和感を補強してくれる記事で、つい、ガッテンしてしまいました
(ただし、この内容の真偽については不明)。
ほかにこんな記述も見つけました:
中国のお化けは桃が苦手である。‥(略)‥
桃が陽の気にあふれた植物だからではないか。‥(略)‥
竹田晃氏によれば、古来中国人が意識してきた桃の花の色は、日本
のいわゆる桃色ではなく、もっとあざやかな紅色であったという。それは陽の気にあふれた色であ
る。陰の化け物がなにより嫌う色であったろう。
家々の門扉に桃板をかかげる。桃湯を飲む。護符を朱で書く。すべては魔除けのためである。
(菊地章太(2012)『道教の世界』講談社選書メチエ520. pp.103--104.)
They
are written on specially prepared yellow paper in red ink, and
are regarded as being efficacious against illness and other calamities.
Amulets are made of the wood of trees struck by
lightning, which is supposed to possess magical qualities.
(Isabella Bird Bishop(1898), p.408. (pdf.458) [Web Archive]) //
その漢字は朱墨で、特別に用意された黄色い紙の上に書かれる。病気やその他の
災難に効き目がある、と見做されている。魔除けは、稲妻に打たれた木で作られる。その木
は神秘的な特性を持つ、と思われている。
(朴尚得訳(1994)「朝鮮奥地紀行2」東洋文庫573, p.297)
なるほど。中国や朝鮮では伝統的に 魔除け、だから宗教系では赤文字は好まれるのか‥。
でも残念ながら「じゃあ、結局、赤文字で名前はなんでダメなの?」への
答えには全然近づいていかないですね。んー‥
(^〜^;
ちなみに、日本でも
山寺(山形県)の弥陀洞のへんにある岩塔婆の、字のところに赤が入ってるのを見つけました。
‥んー、これって何なんですかね。仏様との結びつきということで赤なのか、
死者だから赤なのか。正直よくわかりません。
まあ、「仏様との結縁を強く意図するということで、赤で書いてみた」という風習が定着した結果、
「赤で名前というと、やっぱ、死んだ人だよな普通」という共通認識が広がり、
その結果、「赤で名前書いたらダメでしょう」という話になっていった‥というのが
最もそれっぽい気が、この例を見てると してくるんですけど。でもやっぱ印鑑の話がなー。
どうしても腑に落ちないですよね。
山寺とは別の例として、
神奈川県の大山阿夫利神社 [URL]の
宿坊の写真 [URL]を見ると、何やら
赤文字の入った石柱? のようなものが並んでいるのがわかります。
またその他にも同様な赤字の名入りの石柱? のようなものを、あちこちの宗教施設で見かけます。
これらが何を意味するのか、
というのは現状では私にはわかっていません。んー。
[Table of Contents]墓石と赤の関係
墓石と赤文字の関係を言う人もいて、これはネットで検索するといろいろな人が言ってます。
どうやら墓を建てる際に、墓の建立者の名前、また墓に入る予定の人がまだ存命中の場合は、
その名前を赤文字にする、そしてその人が亡くなったら赤文字を消す、という感じのものです。
‥でもなー。それって、地域差がかなり大きそうですけどね。ウチの墓、
私の名前がおもいきり刻まれてますけど、名前は赤くしてないですし、石材屋の人にも
「赤にしますか?」なんて全然聞かれもしなかったですし。周囲の墓を見回しても、赤文字が
入ってる墓なんて見当たらないですし(秋田県秋田市)。
「お墓の墓石について?(赤い文字)」[URL] を見ても
「愛知県では有りませんでした」
「現在は全国的に広がっている習慣」などと書かれており、
日本全体で昔からある風習とは とてもじゃないけど言えない感じです。
ちなみに
「墓石建立までの流れ(その3)」 [URL]というサイトで語られる、大阪の状況:
埋葬者と建立者・建立年月、家紋については、見やすくするために黒や紺、白といった色を入れることが近年多くなり、半数程度の方が色を入れています。‥(略)‥
近年では生きている人の名前をお墓に刻む場合は、名前部分もしくは姓名全てに朱色を入れて、故人と区別するのが一般的です。
(墓石建立までの流れ(その3))
ここでは、大阪近辺では 最近では半数以上の墓に色が入るらしいことが書かれてますが、
それより私が気になったことは
「
近年では‥朱色を入れて」というところです。このページを素直に解釈すると、
墓石に赤文字を入れることが多いとされる大阪であっても
生きてる人の名前を赤文字にする習慣は 昔からあったものではないことになりますよね。
まあ、現在の我々にとってはあまりに当然すぎるものゆえ、きっと昔からそうだったはずに違いないと
勝手に我々が思い込んでしまっていることって結構ありますからね。たとえば平頭角柱型の「先祖代々墓」。
これが
当然のものになったのは実は20世紀に入ってから(岩田重則(2006)『「お墓」の誕生--死者祭祀の民俗誌』岩波新書1054, p.140)で、
それ以前は じつは「先祖代々墓」なんて ほどんどなかった(しかも石塔型の個人墓も、18世紀末以前のものは ほどんどない(岩田重則2006, p.82)) らしいですけど、
普通、我々はそんなこと思いつきもしないですよね。
墓場に行けば平頭角柱型の先祖代々墓が並んでいるのを見て、ああ、これが日本の伝統的な風習なのか‥
と 勝手に理解してしまうのが普通で、まさかその伝統が100年程度もない、
非常に新しいものだったなんて思いもしないのが普通ですよね。
たぶんそれと同じで、大阪の人とかが墓場に行くと
「先祖代々墓で ご先祖と生者を区別するために文字色を変える」事例がやたら目につくと、たぶん
そういう風習は昔からあったんだなー、と どうしても勝手に思い込んでしまうのは
仕方ないのかなー、という気はしてしまいます。
これらのことから、
中国の事情は不明ですけど、日本の事情について「墓石では赤文字はまだ死んでない人、
これから死ぬはずの人を示すので、それを日常的な場面で使うのは良くない、だから
人名を赤文字で書くことは昔からタブーとされていました」という説明は、ちょっと、納得できないですよね。
最近の流行に基づいて、昔からある伝統を解釈しようとしてる訳で、あまりに無理ありすぎです。
(‥と、いいながら
「お墓の文字」[URL]で見かけた「夫婦墓で、生きてるほうを赤文字にした」という回答に従えば
「無理すぎ」とまでは言えないな、とも思いますけど。でも結局は、よくわかりません)
[Table of Contents]キリスト教圏でも?
ヨーロッパでも人名を赤で書くのはイマイチ‥という記事を見つけました。
Did You Know?
In Portugal, too, people avoid writing in red. There, it is not just people’s names, but any text written in this colour that is considered offensive. In Christianity, red is the colour of the devil, of the Deadly Sin wrath, and of sin in general.
([大雑把訳]: 知ってた? ポルトガルでも、赤で書くのは避けられるんだ。これは人名だけじゃなく、
何であってもこの色で書かれるのは嫌がられる。キリスト教だと、赤は悪魔と罪悪の色、と
されてるんだね。)
[URL]
‥赤で悪魔というと、
あのヨハネ黙示録に出てくる竜、これはたぶん悪の権化的な位置付けだと思うんですけど、
この竜は赤いことになってるんですよね。そのへんですかね?
[Wikipedia]
(次に何か書き足すネタが出現するまで、絶賛放置中)
註
- *註1
-
現代の韓国、というかたぶん昔の朝鮮から、かの国にはこんな考え方があったようです:
要するに、日本に文化的なものがあるとすれば、それは古代から近世にかけて韓国
人(高句麗・百済・新羅・高麗・朝鮮)が教えてやったものと、近代以降に西洋人が
教えてやったものだけで、日本独自の文化など皆無だということである
(野平俊水(2002)『日本人はビックリ! 韓国人の日本偽史』小学館文庫, p.13)
--- さすがにこれは極端な例だとは思いますけど。いずれにせよ、韓国の人たちは
日本と韓国に共通の何かがあって、それが西洋起源ではなさそうなとき、
それを無意識のうちに韓国起源だと思ってしまう傾向がある、という‥。この考え方は、大昔から朝鮮半島に
染み付いている世界観のようですから、単純にそう考えてしまう韓国の人がいても、その人個人を
責めても仕方ない感じです。感じですけど‥(^_^;
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