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西院河原地蔵和讃について

「西院河原地蔵和讃」 [URL]
(賽河原、賽の河原、佐比の河原‥とも)
に関するメモ。まだ整理できてないですが‥


[前] 冥途の道のり(1:〜鎌倉)

冥途の道のり(2:室町〜)

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室町時代

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平野よみがえりの草紙

室町時代のものになりますが「平野よみがへりの草紙」によると以下:

底へ引き入[れられ]暗きこと此世の真の闇はなお明かし ‥(略)‥ 暗き処をただ一人、 足にまかせて (岩本裕(1979)『仏教説話研究4地獄めぐりの文学』開明書院., p.279) (同内容は「長宝寺よみかへりの草紙」 (横山松本編(1981)『室町時代物語大成9』角川書店, pp.352--353)にも)
[大雑把訳] 底に引き入れられた。そこの暗さといったら、この世における真の闇が燈明に見えるほど。 ‥(略)‥ そんな暗闇の中、ただ一人、進むがままに

 ‥ここでは「冥途の闇は真っ暗。この世の闇など比較にならぬ」となっています。

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もくれんのさうし(目連の草紙?)

また「もくれんのさうし」によると以下:

めをひらくといへとも、こくひやくもわきまへす、天は地になり、地は天にかへる心ちして、 めのまはる事、とふくるまの、りんのことし ‥(略)‥ 月日のひかりもなけれは、 みやうみやうとして、とうさいなんほく、わきまへす、たとへは、ほしのよのことし、 あまりに、やみにもあらす、又、ものの色を、見ることかたし、たとりたとりゆくとも、 あしにさはる物もなし (岩本1979, pp.106--109)
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[大雑把訳] 目を開いても、黒も白もわからない。天と地が ぐるぐる回って目が回る感じは、まるで車輪のようだ。‥(略)‥月も日もなく冥冥としており、 方角もわからないのは、まるで星しか見えない(月のない)夜のよう。完全に真っ暗というほどではないが、 物の色も見えない。そろそろ進むが、何かが足に当たることはない

 ‥上の「平野よみがへり」よりは若干マシみたいですけど、 冥途の道ゆきは月のない(星の光しか見えない)夜程度の暗さ、 つまり真暗で周囲は全然見えない、という感じになってます。

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十王讚歎鈔(鎌倉? 室町?)

「星の光しか見えないくらい」といえば、こんなのも:

進もうにも持ち物とて何もなく、休もうにも休憩できる場所もない。 そこは星の光だけがある闇夜の如し、と聞く。 星の光ほどの明るさだから、前後左右も何も見えない。 一人ぼっち、何かを聞く相手もない。‥(略)‥ こうして真暗な中、罪人どもは足にまかせて進むのだが、自分ひとりがこの道を進むのかと 思っていると、見ることはできぬのに、罪人どもが痛みに叫ぶ声が聞こえてくる。 胸騒ぎがして恐れていると、獄卒の声らしきものも聞こえる。 動揺していると、羅刹が姿を現す。それまでは僅かにその名を聞く程度だったものを、 目の当たりにする恐怖はどれほどか。その後は前後に連れ添い、息つく間もなく責めたてられ、 いつのまにか死出の山にいたる。 この山は高くて嶮しい。どうやって越えるのか? とも思うが、 獄卒どもに責められて、泣く泣く山路に入る。 [ 十王讚歎鈔 :: 1:秦廣王/不動明王 :: 中有の旅 ]
この「十王讚歎鈔」は日蓮作(1254)という伝承になってますが、「偽撰」つまり 日蓮上人作ではない、との疑いが濃厚とされているものらしいです。 たしかに冥途の様子をみると「星の光だけがある闇夜の如し」など、とにかく真暗なことが 強調されていて、何となく室町グループに入れたほうがシックリくる感じではありますよね。

 ただ、その真暗な中を歩いた後の「死出の山」に着いたあたりからは見えてるんですかね? 「この山は高くて険しい。どうやって越えるのか?」とあるあたりからは、 亡者たちが山の麓から山を見上げるシーンが想像できますけど‥。

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基本、真暗

両者ともに とにかく真暗、どちらも物があっても見えない、 まして周囲の様子なんて何も見えないよ、という感じになっています。 室町時代の冥途は、平安時代よりもたぶん暗くなってますよね。 (たぶん善光寺などでの「お戒壇めぐり」のイメージが近そうです。あれ真暗ですからね)

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江戸時代

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熊野観心十界曼荼羅

戦国期から江戸時代中期頃まで(?)、日本じゅう回って布教活動に励んでいた 熊野比丘尼と呼ばれる人たちがいました。 その人たちが持っていた「熊野観心十界曼荼羅」と呼ばれる絵は有名で (熊野から遠く離れた羽州秋田にも残ってます)、 戦国時代以降の日本人の死後世界観に非常に大きな影響を与えたと思われるんですけど。 その絵の中に「死出の山路」が描かれてるみたいなので紹介します。

 右図なんですけど、わかります? 白いギザギザみたいなのが荊のように地面に たくさん生えてる中を、赤い鬼(獄卒的なもの?)に追い立てられて 全身血だらけになりながら男と女が逃げているんですけど、どうやらそこが 「死出の山路」に関する描写のようです(それがそうだ、とどこかに書いてたのを見て 「へー」と思ったんですけど、どこにそう書かれてたか忘れてしまった‥orz  ただ、獄卒的なものに追い立てられて‥というのは「十王讚歎鈔」の記述と一致してますよね)。 んでこの山路はこの絵だけでなく 他の「熊野観心十界曼荼羅」でも普通に描かれてる ものですから、当時は「死出の山路って、こんなもんでしょ」的イメージだったんでしょうね。 でもこの絵を見るかぎり「暗さ」は全然感じないですよね‥

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念仏吉蔵蘇生物語絵巻

江戸時代『念仏吉蔵蘇生物語絵巻』(山形県鶴岡市常念寺蔵)画中文(の口語訳)に以下のように あります:

私は、気を失ったと思ったときから、暗い道を歩んでいった。足が地面に埋もれること 一尺(約30.3センチ)ばかりと思われた。ようやく少し明るいところに出たと思うと、 地蔵尊がおられた (錦仁(2003)『東北の地獄絵--死と再生』三弥井書店. p.213.; p.206にもパラレル)
最後、「ようやく少し明るいところに出た」とありますから、 途中はたぶん全然何も見えない感じになってるんだろうと思われます。

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