古川古松軒(1788(天明8)年)『東遊雑記』(参照したのは大藤時彦編(1964),平凡社東洋文庫27) で 目にした 被差別な人たちについての記述、またそれと関係しているかもしれないことについて、 ちょっとここでメモしておきます。
[Table of Contents]まず久保田御城下における記述です。この古川という人は、佐竹氏の支配地、つまり 当時の秋田六郡(秋田、山本、河辺、仙北、平鹿、雄勝。現在の秋田県のうち鹿角、由利は入らない) の人たちについて「よろしからず。くれぐれも御領主の政事にありと思われしことなり」(p.94b) ‥つまり良くない、それは領主が悪いからだ、と書いてますけど。そんな佐竹氏の城下町で‥
なお、古川の記述には「穢多町二町ほど」とあります。江戸時代における「一町」は 約109メートル[Wikipedia]らしい ですから、二町といえば約218メートルということになります。 私の調査によれば、1750年頃の穢多町は 東西に通じる一本の道の両側に面した ほぼ100メートル程度のエリアのはずなんですけど。 上述のとおり 1785年頃の古川は約218メートルと書いていて、 私の調査よりも倍の長さになっています。このへん、よくわかりません。 隣接していたはずの足軽屋敷群が思った以上にボロかったので見間違えたとか、 そんな感じなんでしょうか。
[Table of Contents]そして六郷佐渡守の御座所であった本庄(本荘)。ここでは‥
つまり東北地方、すくなくとも秋田には被差別とされる人たちはいたが、しかし、 彼らは 迫害的なことはあまりされておらず、割といい暮らしをしていた、と。そういう点では、 社会問題となるほどの差別はなかった、ということはいえそうです。 被差別とされる身分の人はいたが、問題とすべきほどの差別はなかった、という感じでしょうか。
[Table of Contents]『東遊雑記』を読んでいて感じるのが、(とくに秋田の)人々の態度のひどさ、です。 幕府の巡見使ということで、お殿様もその扱いに気をもんでしまうほどの相手のはずなんですけど。 秋田の人たちといえば‥
この理由について。古川はこのように述べています:
しかし。それってつまり「『上』の人間が、世の中をちゃんと回してくれている間は、 その仕事に免じて一目置いてやる。世の中が悪くなるようなら、そんな世の中にした 『上』の人間など認めない」ということですよね。『上』の人間を尊敬するかどうかは、 その人の血筋で決めるのではなく、その人の行いによって決める、と。 血筋で『上』かどうかを決めるんであれば、それがたとえどれほど暗君であろうと、 皆は敬服してくれるはずです。それを考えると、やはり、東北の人たちには、 「血筋によって完全なる線引きをしてしまう」という発想は馴染まなかった ということでしょうか。京に近い備中国(岡山県)出身の古川からすれば、 そのへんはもう本当に「夷人なり」の言葉に尽きてしまう感じでしょうね。
[Table of Contents]でも。じゃあ、なんで東北地方では「血筋によって完全なる線引きをしてしまう」発想が あまり馴染まなかったんでしょうか。私はこう思います。
身近に「高貴」とされる人がほとんどいなかったから。京都とか行くと「なんとか天皇ゆかりの‥」とかいう社寺がムチャクチャ多いじゃないですか。 それ以外にも摂関家とか、将軍とか、さまざまな「この世をきわめた高貴な人」関連の物件 ばかりです。 京都の庶民は、そういう「高貴な人」ゆかりの物件に囲まれて暮らしているわけですから、 そういう「高貴な人たち」に対する感覚、つまり「身分制」という社会制度について、 生まれたときから自然と慣れ親しまざるを得ない状況なわけです。
それに対する東北地方はどうかといえば。幸か不幸か、高貴な人たちが密集する京都から ずいぶん離れていることもあって、単純に血筋によって「高貴」認定されるほどの人、また その人ゆかりの施設がほとんど存在していません。そういう存在がいたとすれば、 江戸時代の「お殿様」くらい。なので東北の人たちにとって「血筋のみによる高貴さ」 というのは 概念としては理解できなくもないがピンとこない、というのが正直な印象では ないでしょうか。
[Table of Contents]そして。身分が高いとされる人に対する(合理的な理由のない)畏敬の心の欠如は、たぶん その逆、身分が低いとされる人に対する(合理的な理由のない)見下しの心の欠如に 結びつくんではないでしょうか。「昔からそうだから」というだけの理由で、 偉ぶってる人は認めない、そのかわり、同様の理由で、不当に相手を見下さない。 ‥‥なんて書くと、聞こえはいいですけど。でも、そういう意味での差別については 意識は希薄だったかもしれないですけど、「いじめ」に類することは当然あったみたいで、 古川はこんなことを書いてます:
[余談] ネットでたまたま見つけましたが、北朝鮮における「突撃隊」なるものが、 ここで紹介した「荷物運びは弱い人足がやっている」と同じようなもので、 それを国ぐるみで行ってるみたいです。さすがというか何というか‥