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久保田三十三所 (札打)

The 33 Kannons of Kubota (Akita City) and "Fuda-uchi".


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07B:萬雄寺

読みは「ばんのうじ」。 萬雄寺の山門のところに「七番札所」と書いた台の上に安置された 菩薩像(お地蔵様だったような記憶が‥)、あと本堂の入口のところに七番札所の御詠歌を書いた 額が飾られているのを確認しています。

 江戸末期の七番札所:牛島熊野神社のメロリ観音様が 宝袋院に移動されたのが1870(明治3)年[参考]。 江戸時代は桜村(現在の秋田市桜)にあった萬雄寺が、 仁井田地域の檀家からの強い要望に応える形かな? ‥で 現在地に移転してきたのが1892(明治25)年。 (佐竹家家老梅津氏の菩提寺であった萬雄寺は、梅津氏との関係から 仁井田地区に檀家が多かった。 明治に入って仁井田地区が東光寺の誘致に成功してから、仁井田本町あたりの檀家は 東光寺に移るところも多かったようだが、いまでも萬雄寺を菩提寺とする家は多い [関連情報]。) 1892年というのは、07番札所が宝袋院に変わった1870年より22年も後の話になります。

 熊野神社が札所でなくなったことによる混乱があったとしても、 さすがに20年もあれば混乱も収束して「七番札所は宝袋院」という共通認識もできていそうな ものですけどね。でも「07番札所は宝袋院だ」説と「いやいや萬雄寺だ」説で割れたまま、 そのまま現在のような定着のしかたをしてしまったということは、つまり そういう共通認識はできなかったんですね。

 しかし。巡礼する人たちは毎年変わりますし、札所の変更を周知する手段がほとんどない状況ですので、 その伝承の混乱というのは、まあ仕方ないですかね。思えば、 情報通信がこれほど発達した現代においてさえ、 私の札所調査も最初は たまたま家にあった35年前(1974年)のハンドブックだけが 手がかりな状態でしたから‥(^_^;

 2010(平22)年1月16日、完全セルフサービスであり、かつ閑散としていましたが、 ちゃんとオープンしていました。2011(平23)年1月16日は前年とはずいぶん状況が異なり、 巡礼の人たちで盛況でした。また檀家の方がたがお茶を振る舞ってくださったり、 御住職も自ら巡礼の人たちへの応対をしておられるのを目撃しました。 2010年は遅く行き過ぎたんでしょうかね? でも30分くらいしか違わないんですけど。時刻‥

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07:宝袋院

江戸時代(1800年頃〜)は牛島の熊野神社のメロリ観音様が七番札所。 「メロリ観音」という名前の由来については以下:

『遊覧記』ニ当社ヲ糸曵観音、又詳呂理観音ト云。此者妙理ト云事ニヤ、土俗ノ説ニ 此村ニ不幸アレハ観音カ女ト化ケテ、毎夜泣キ歩行、俗ニめろめろ泣ト云、仍テ号ケシト云。 亦『黒甜瑣語』ニ牛馬ノ如意輪観音ト訛リシナリトアリ、何レカ是ナルヲ不知、 併記シテ当時ノ景況ヲ示ス、云々 (「羽陰温故誌」,『第三期 新秋田叢書(4)』,p.235)
また「秋田名蹟考」(1903(明治36)〜1910(明治43)年)の熊野神社の項には以下:
俗称(めるり観音)と称せり。慶長五年三光宮より分社し、伝応山と云ふ。 如意輪観音を祀れり。 (『第三期 新秋田叢書(13)』p.155)
「めろめろ泣」くからメロリ観音、というのは話としては面白いですけどね。 でもやはり「如意輪」が訛って「めろり」になった説のほうが それっぽいかも。

 「メロリ観音」が旧七番札所の熊野神社に安置されたのは 1780年代だそうです[参考]ので、最初期の七番札所は宝袋院でも熊野神社でもなく、さらに別の 霊場であった可能性が高いです(得応山本迎寺? [関連ページ])。

 その後、このメロリ観音様と七番札所の座は 明治期に神仏分離の影響をモロに受けたため、 1870(明治3)年に宝袋院に移ることとなり現在(2010)に至ったようです。 (‥ということは、移転から30年以上が経過した1903(明治36)〜1910(明治43)年に「めるり観音」を熊野神社の項で 紹介している「秋田名蹟考」は、観音様のお引っ越しを知らなかったということ? そんなの、あり得るの?? まあ「羽陰温故誌」も1883(明治16)〜1903(明治36)作とのことですので、どっちもどっち?) (関連ページ:: [メモ] 秋田における神仏分離)

 2011(平23)年1月16日、入口に「七番札所」と書かれた幟が掲げられて いました。宝袋院さんはお詣りするとほぼ必ず「どうぞ休んでいってください」と声をかけてくださる札所として 印象に残っています。

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