最初の身代金の受渡しのシーン、よくやったなあ、と素直に感動して しまいました (^_^) またこの映画、主犯が誰なのかが なかなかわからなくて、 「ああっ!!」と気付いた瞬間、それまで気付かなかった自分が 恥ずかしくなったです。なにせ永瀬が「主犯には仲間がいます..」と 言いだしたときでさえ、何を言ってるんだかよくわかってなかったし (-_-) . . . うう、ウカツ。
さて。
この映画を見て、こーいうことを思ったのはオレだけなのかもしれないけど、
時間の流れというのを感じた。じつはこの映画の枠組って、
渡がヒドい目にあってガマンしたけどついに復讐を実行する、というもので、
要するに昭和40年代中頃の
「無頼」シリーズと同じなんだよね。
でも復讐のしかたが違ってた。まずは正当な方法で問題を解決しようとする。
でも、どうしても実力行使をせねばならなくなったとき、
自分の感情をなるべくおし殺し、最善の結果が出るような方法を選ぶ。
暗い目をして黒ドスを振り回す解決方法しか思いつかなかった
25 年も前の渡とはゼンゼンちがう。
昔を反省したからなのか、知恵がついたからなのか。
渡はすっかり変わった。大人になった。(あたりまえだ、っつーに)
そして何よりも最後に出たこのセリフ:
「オヤジ、最後はおだやかに生きてくれ」 (うろおぼえ)すべてをなし終え、両手をつきだす渡の表情。これは、 復讐を果たした後に泣きそうな、苦しそうな表情をしていた 25 年前の 渡にはなかったものだ。おだやかな表情。
「オヤジ、最後はおだやかに生きてくれ」
過ぎし日の、ドスでしか払うことのできない、でも、
ドスを使うことによってさらに深まってしまう五郎の苦しみが、
このセリフによって解放されていくのが見えたような気がした。
# 単なる妄想というかコジツケだっていうのはわかるけどね