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「那智参詣曼荼羅」などの絵の中に描かれた渡海船の帆に書かれた文字は どうやら「南無阿弥陀仏」が一番人気らしいです (右の絵だとたぶん「観音」と書いてますよね。 他方ジオラマ(熊野那智世界遺産情報センター)のほうは「南無阿弥陀仏」)。 「かんのんさま」の聖地を目指すのに 「南無阿弥陀仏」なのか‥‥など、いろいろ考えたくなるところなのですが。
一部の渡海船には以下:
法華経(下)改版 (岩波文庫) [ 坂本幸男 ] |
‥と、それはさておき。「かんのんさま」と「南無阿弥陀仏」の繋がりといえば無論 「無量寿経」的な観音様だろうと 思ってしまいますし、西方浄土を目指す人たちなのでたぶん浄土系の文献を旗印に 掲げてもおかしくないと思っていたのですが。 まさかここで阿弥陀如来と観世音菩薩との関係についての記述が そんなに濃い訳ではなさそうな 『妙法蓮華経』が出てくるとは! 驚き!! ‥という感じではあります。法華経、強いなー。
[Table of Contents]でも、何故ここで妙法蓮華経が出てくるのか。
豊島1992は「渡海」について以下のように指摘します:
死の国・熊野 [ 豊島修 ] |
渡海は「かんのんさまの聖地に行こう!」という試みですから基本的には誰でも渡海にトライしても 良いはずです。しかし実際、記録に残っている渡海挑戦者たちは皆「上人」と呼ばれる人ばかりです。 つまり何かの修行の延長線上というか、おそらく一連の修行の総決算として「渡海」が行われた可能性が高いと 考えられます。 そして。この一連の修行の総決算にふさわしいものとして考えられたのは、それで生命を失ってしまう確率が きわめて高い「入水」とか「火定」「投身」などであったみたいです。 つまり現代的視点では「自殺」になっちゃう行為ですね。 実際、古文献には古代熊野で「捨身」「火定」が行われていた旨の記述があるみたいですし(豊島1992, p.163)、 「奈智山」こと熊野那智の妙法山阿弥陀寺には 「法華行者の応照上人の火生(火定)三昧跡」と される場所が残ってますし。 このような一連の修行の総仕上げの一つの選択肢として「渡海」があったのではないか、ということですね。
でも。修行の総決算として『入水』とか『火定』とかして何の意味があるのか?? ‥と思ってしまいますけど。 そこで出てくる次のキーワードが「滅罪」です。人は生まれながらにして悪業を背負っていて、余程のことでも ない限り、死後は地獄に一直線‥。と、そんな考え方が一般的 [ 関連: 僕らは餓鬼になるのか? ] でしたから、その悪業を減らして極楽往生を 果たすためには滅罪につながる苦行をかなり行う必要がある、そしてその苦行の最高峰こそが「入水」「火定」で あった、と。つまり現在の生命をそうして終わらせるのと引換に、死後の安心(極楽往生)を獲得しようとしたわけですね。 そんな感じで滅罪の苦行に励む行者たちにとっての心の拠所が「滅罪の経典」と呼ばれる 妙法蓮華経(法華経)であり、一切衆生喜見菩薩(薬王菩薩の前世)であったのでしょう。 この一切衆生喜見菩薩は「妙法蓮華経」の23章「藥王菩薩本事品」に登場してくる人物で、仏に対し
この「自分の身体を捨てて供養することこそ」という考え方は、あまりに危険すぎて推奨されないものですけど。 当時、自身の滅罪についてかなり本気で悩んでいる人たちにとっては滅罪そして 死後の極楽往生への道筋として必要であったんでしょうね。そして那智が「かんのんさまの聖地」となっていたからか、 いろいろな捨身行のうち「ふだらく渡海」つまり入水による捨身が選ばれるようになっていった、と。‥ そんな感じでしょうか。
[Table of Contents]「法華経」において阿弥陀仏や極楽浄土について言及している部分を紹介しておきましょう。
[Table of Contents]「24:かんのんさまの章」にある韻文部分に以下があります:
でも『妙法蓮華経』に対応部分がないということは、つまり、 日本における阿弥陀信仰にこの部分が与えた影響はほとんどない、ということになりそうですね。
[Table of Contents]そして極楽浄土への行き方についてはサンスクリットだと "ata^s cyuta.h"。んー、直訳すると「ここから離れて」的な感じでしょうか。 とくに「死」とは明言されてないようにも見えます。しかしチベット訳では "^si .hphos nas" (to exchange life, to die [DAS])、 『妙法蓮華経』でも「命終」と訳されていることから、 この表現はたぶん「死後」を指す婉曲表現なんだろうと思います。 (チベット訳の ".hphos nas" の語って、いわゆる「ポワ」と同じ単語じゃないですか!)
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