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そもそも外道とは

「外道」について。まず辞書を引いてみましょう。

 

そもそも外道とは

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そもそも「外道」というのは何なのでしょう?! あちこちの辞書を引いて調べてみませう。

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定義

もともと 「外道」というのは仏教用語でして、サンスクリット語でいうところの tiirthika という単語を 漢訳したもの、と考えるのが最も妥当のように思われます [基礎知識]

 実際、 Monier,`Sanskrit English Dictionary',Oxford 1899. によると..

an adherent or head of any other than one's own creed, Buddh.; Jain.
このように書かれています。 また他の辞書をいろいろ見てみますと、まず tīrthika は「バラモン教の修行者」、また その元となった単語である tīrtha についても「威厳のある、神聖な」など 非常に肯定的な意味合いを持った単語であったことがわかります。 そして、その意味を踏まえたうえで bauddha との対応が述べられています。

 しかし、のちに仏教の発展とともに単語の捉え方にも変化がでてきます。 [ Monier-Williams, 1899 ] によ りますと、tīrthika の意味は「自分の信条(仏教)とは異なる系の人たち、 ジャイナ教」 と書かれています。バラモン教の人たちは仏教と対立しているゆえに、 『バラモン教の人たち』を指す言葉が結果的に『異教徒』となっていたものが 単に『異教徒』を示すための単語として使われるようになってきたように 思われます。語釈文の末尾に Jain. という言葉がさりげなく書かれている あたりからも、そのような印象を非常に強く感じてしまいます。 このような語義の変化についての指摘をおこなっているのが [ Edgerton, 1953 ] ですけど、その紹介はまた今度。

(関連資料: PED | Das )

 言語系以外の辞書も見てみましょう。

  • [ 大辞林 ] んー。このうち (2)(3) につきましては、仏教系以外の人たちがその 意味で使っているところを確認する必要がありそうですが、 (4) の「悪魔外道」というのは、すくなくとも侮辱用語(?)ではありますが、 差別用語とは言えないような気がしますね。
  • [ 広辞苑 ] うーん。用例がないなあ。 やっぱり「広辞苑」はイザという時には使いモノにならない (-_-)
  • [ 新装改訂 新潮国語辞典 --現代語・古語-- ] お。小さい辞典なのに、出典情報が多いぞ。 けっこう好感が持てるなあ (^o^)

  • [ 世界宗教大事典 ]

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差別

1963年に「狭山事件」という事件がありました。このとき逮捕された容疑者は 「部落」の出身者であるというだけの理由で不当逮捕されたのだと 主張する人たちがいます。 このように「はっきりした理由がないのに不当な扱いを受けてしまう人がいる」 ことこそが「差別問題」の本質であると私は考えています。

 インド学の術語にも「差別」という単語はあることはあるのですが、それは vi^se.sa というサンスクリット語の訳語で 「ちがい、相違」といった程度の意味しかないので、 そんな程度の「差別」があったとしても、そんなものは問題にはならない (-_-)

 ということで、ここでは「大辞林」にあった以下の意味を「差別」の 語義として採用することにします。上記のとおり、 これ以外の意味では「差別」は(社会的な)問題にはならないですから。

『(2) 偏見や先入観などをもとに、特定の人々に対して不利益・不平等な扱いを すること。また、その扱い。「人種―」「―待遇」』

 さらに突っ込んで言いますと、「差別問題」というのは 「人種差別」「部落差別」「女性差別」「障害者差別」など、 「差別待遇を受ける本人の意識・能力等に関係がなく、 生まれた時点ですでに不当な待遇を受けることが決まってしまっている」 点に問題があると思われます。 これについては、同じように不当な扱いを受けているとしか 言いようがない^^;一部カルト宗教の信者の 人権について人々が語ることはあまりない -- 「不当に扱われるのが イヤなら、そのカルト宗教から抜けろよ。 おまえ自分の意思でそこにいるんだろ」と言われるのがオチ -- ことからも明らかだと思われます。

ですから、このページにおいて明らかとすべきテーマは以下のような ものとなるはずです:

「『外道』という呼び名・概念によって、 そのように呼ばれた人たちが何らかの不利益を得ることがあるのか。 そして常識的な手段によってその不利益から逃れることができないのか」
この問題を明らかにするためには、現代日本あるいは古代インドとくに 初期仏教系テキストにおける用法を明らかにするだけでは不十分であり、 この単語がさまざまな地域・さまざまな時代においてどのような 使われかたの変遷をたどってきたかを調査していく必要があるのでは ないでしょうか。そうでないと、この単語が持たされてきた微妙な ニュアンスを理解しかねることは到底できないと考えるからです。

 なお、じつは 1953?年に 山口県佐波郡和田村(現在の新南陽市北部)で 「外道憑き」についての裁判沙汰起こったらしいとの情報を得たのですが、 これはあくまで「外道」ではなく「外道憑き」として 差別扱いを受けたということみたいですので、どう扱ってよいか 迷っているところです。

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差別/余談

そういやネット上で [ ■差別語・蔑視語辞典■ ] というページを見つけました。 このページには「外道」は載っていませんでした (^o^) . . . けど。

けちんぼう(吝嗇) // けちな人。けちなこと。 // [性質に関する蔑視語]
こんな項目が取られてあるくらいですから、単に「外道」という 単語の知名度が低くて見落とされているだけのような気もしてきます (^_^; なお「けとうじん(毛唐人)」は「差別語として或いは不快語として、 各マスコミがとくに注意して扱っているもの」に相当するらしいので、 それと非常に類似した「げどうじん(外道人)」(そんな単語見たことないぞ^^;)も ダメかもな〜、という気にもなってきます。うーん。でも「不快語」というのは、 それを耳にして不快になる人間が存在するかどうかが問題になってくるんだけど、 たとえばその不快人が世界に数名しかいない場合は「不快語」にはならないと 思うんだよな。そのへんの線引きというのはどーやってするんだろう?? . . . やっぱり某番長が仰せのとおり、事実関係はさて置いても、それを 世論にするように働きかけをした人間の勝ちということなのか。何だかな〜 (-_-)

[ Last Updated: 2004 ]

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